明日菜は自由になった。僕が解放した。

そう思って僕は明日菜を見た。同時に、明日菜も僕を見た。

僕らはしばらく見つめ合った。雪はずっと僕らの間にも白い軌跡を描き続けている。

「見透かされているね」

視線を外した明日菜は、そう言って自嘲気味な笑顔をみせた。

「行きたいんだろ?」

僕はグラウンドの方を指さす。

「そんな子供みたいなコトしないよ」

「ホントに?」

もう、と明日菜は解放された手で僕の腕を打った。そして、お互いに声を出して笑い合った。

「綺麗な景色だから、もうちょっと、見ていたいよ」

明日菜はそう言って顔を上げた。僕はその横顔を見て、またあの曲線の話を思い出した。

夕闇がそろそろ雪の海の底にも落ちてきそうで、歩道に灯った明かりが目立ち始めていた。

と、その時、あっ、と明日菜が声を上げた。

見ると、ダッグアウトの方から、犬が顔を出していた。僕らが見ている間に、その犬はダグアウトの階段を駆け上がると、そこから呑気にグラウンドの端をトコトコと歩いていた。犬の歩いた後ろには、規則正しいつぶらな穴が、点々と連なった。見たところ、雑種の野良犬で、薄茶色の毛がフワフワに立っていた。半開きの口から僅かに舌が垂れていた。

犬は、ちょうど一塁のラインをトレースするように歩いてきて、こちらの観客席のところまで来ると、迷ったように二、三度クルクルと回って、それから九十度方向転換をすると、僕らの目の前を横切っていった。そして、スコアボードの端に口を開けた隙間を器用に抜けて見えなくなった。

後にはまた白い雪の絨毯と、そこに連なる足跡、そこに分け隔て無く満遍なく降る綿雪。

「一番乗り、逃したね」

僕が言うと、あすなはクスクス笑いだした。

「悔しくないの?犬に先を越されたよ」

と僕が重ねて言うと、明日菜は声を出して笑い始めた。僕はもう一度、明日菜の手を握った。今度は明日菜も僕の手を握り返す。僕はそのことで、なんだかもの凄く、ホッとした自分に気付いた。

 

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