何も音のしない、雪の海の底に取り残されたようで、僕はなんだか足下が覚束なかった。僕らの足下も、コンクリートの灰色は雪に染まっていた。明日菜の肩にも雪が落ちている。いつもは後ろで纏めている長い髪を、今日は下ろしていて、その毛先が樹氷のように凍えている。

明日菜は、ゆっくりと足取りを確認するように、注意しながら一段、一段、とスタンドを降りていった。一番下まで来ると、雪の絨毯はすぐ手の届くところから、向こうまで続いていた。

僕もその足跡をトレースしながら降りていって、明日菜の隣に並ぶ。

「本当にホワイトクリスマスだね」

あらためてそう言う明日菜の手を僕は握った。手の平を重ねて、明日菜の手の甲をしっかりと握りしめる。そして、広がる白の景色を見つめた。

三塁側の向こうには背の高い木が並んでいて、そこにも雪が留まっていて、それはどこか、絵本に出てくるサンタの森に似ている気がした。その向こうはただの空き地で、車が何台か停まっているのが見えた。昔はそこに場内プールという、小さなプールがあったそうだけど、今は大きな競技場のある総合運動場の市民プールに統合されて、跡形もない。

目の前の野球場も、そっちに移転の話がある。移転したら、ココはあのプールの跡みたいに、ただの空き地になるのだろうか?今はまだ、少しは整備されているから、こんな風に白の空間が切り取られて、幻想的に浮かび上がっているのだろうけれど、空き地になったらもう、こんな景色に巡り会うこともなくなるかもしれない。

それより、僕と明日菜が、この場所でこの雪景色を肩を並べて見るなんて、もう二度と無いのかもしれない。僕らはぼんやりと、未来のことを見据える時期の中にいて、なんとなく、将来というものを進路という言い訳でやり過ごしている。だけど、本当は、そうやって可能性、という希望に溢れた未来を狭めていることに、知らないフリをしている。もしかすると、明日菜とまたこの雪景色を見られるかどうかさえ、僕が行く大学によって決定されるものかもしれない。

それが取るに足らないことだとか、なんとでもなるとか、言うのは簡単だけど、案外選択肢の分岐点は意外なことに隠れているかもしれないとも思う。

あるいは、僕はこの光景を、忘れないために、将来という名の進路を見据えているのだろうか?

きっと明日菜も、今はこの光景に胸を打たれていても、それが自分の将来の通過点に過ぎないとわかってはいないはずだ。あるいは、明日菜なら、自分にとっての大事な景色なら、無理矢理にでも自分の手でつかみ取る、ぐらいには思っているかもしれない。

そう考えて、僕は自分の手を思った。

僕は明日菜の手を握っている。でも、明日菜は僕の手は握っていなかった。いつもなら、帰り道に誰もいないところを歩く時に手を繋ぐ時なんか、お互いに指を絡ませたりするのに、今は一方的に、僕が明日菜の手を握っている。

僕はハッとした。

明日菜は、今ココを飛び出して、この真っ白な雪原に、誰も踏み入れていない白の絨毯に、自分の足跡を刻みつけたい、と思っているのかもしれない、と。雪の白は、何処にも影を作ることなく、なだらかに平たく、真っ白で何処にも欠けるところはない。そこに、明日菜は、明日菜の足跡を付けたいんじゃないだろうか。

そう思った途端、僕の手は自然に、離れた。

 

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