僕はぐるりと周囲を見渡す。すっかりそこは雪景色に変わっていた。いつから降り出したのかはわからないけれど、少なくとも空に面して覆いのないところには、全て雪が積もっていた。駐車場を囲む砂利道もうっすらと白く濁っている。僕は後ろを振り向いて、そこにそびえる背の高いコンクリートの壁を見た。その上にも雪は積もっている。

明日菜はクルクル回りながら、駐車場で跳ね回っている。まるで子供みたいだ、と僕は思う。そのうち、踊りながら駐車場に繋がる歩道へと歩いていく。お城の周囲をぐるりと回る歩道で、ふだんなら黄色い土がむき出しになっている。そこにも雪の絨毯が敷かれている。

僕は明日菜の後ろを追っていく。駐車場と歩道が繋がるところで、コンクリートの壁も切れている。そこに細い階段が設けてあって、壁を登ることが出来るようになっている。明日菜はその階段を上って、一番高いところで立ち止まった。

一瞬、動きを止めた明日菜は、慌てたように後ろを振り向いて、僕を手招きした。僕はマフラーも手袋も、車の中に置きっぱなしで、唯一ダッフルコートを羽織ったままだった。その襟を縮めて、もう凍え始めた手をこすりながら、階段を上った。

階段を上ると、その壁が、野球場のスタンドの壁だとやっとわかる。壁の向こうはコンクリートの階段になっていて、殺風景だけど一応の観客席となっている。それが、駐車場と同じ長さだけ繋がっている。その向こうには数字の板を填め込む式のスコアボードがある。そのまた向こうは、お城の堀に面していて、フェンスのような壁があるだけだ。

反対側には、歩道を背にする恰好でやはりコンクリートの階段状の観覧席がある。その切れ端には、簡単だけどちゃんと地面を掘って屋根を設けたダッグアウトがあって、それは一塁側、三塁側両方にある。その間には、背の高いバックネットがある。

広くはないが、それなりの設備の整った野球場は、良くウチの高校の野球部が練習試合に遣ったり、社会人が早朝野球をやっていたりする。祭りの時は、ドリルフェスティバルが開かれて、大きなステージが出来たりする。

その全域が見渡せる場所に、明日菜は立ち止まって、そしてその光景に魅取れていた。

野球場は今、真っ白に染まっていた。

いつの間にこんなに積もったんだろうか、と思うぐらい一面が、雪に覆われていた。普段は黒の地面と、褪せた芝生の目立つグラウンドは、今は滑らかな雪の絨毯を敷き詰めていた。マウンドのところだけが、こんもりと高く、盛り上がった分だけ雪も曲線を描いている。

綺麗だね、と明日菜は呟いた。そして、後ろに立った僕を振り向く。ね?と同意を求めるように首を傾げる。僕が頷くと、満足したようにまた雪の白に覆われたグラウンドに視線を戻した。

もうすっかり夕刻は深まり、普段なら街灯の明かりが点る時間になっているはずなのに、不思議と周囲が明るく見える。まるでブラックライトに照らされた蛍光塗料でも撒いたかのようだ。

そして、音がしない。

普段から静かな場所ではあるけれど、それでも風がお城の木立を揺する音や、遠くから不意に流れてくるエンジン音や、何かわからないけれど聞こえてくるいわゆる街の喧噪、みたいなものがあるものだ。それが、目の前でひっきりなしに雪が落ちてきて、風景は絶えず動いているのに、音はどこかに持ち去られたように、消えていた。

 

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