「私って、こういうものしかプレゼントできなくて、ごめんね」

突然、明日菜はそんなふうに言って、エアーブラシの箱を持つ僕の手に、手を重ねた。

「こういうものって、全然嬉しいよ、これ」

「喜んでくれるのは私も嬉しいよ、でも、トモが描いてくれた絵とかに較べたら、出来合のものっていうか、直接私の気持ちが伝えられない、感じ」

「そんなこと無いよ。そんなこと無い。本当に、嬉しいよ、明日菜がくれたんだもん」

きっと、明日菜は自分が想いを伝えるもの、いわば僕の絵に拮抗できるものは、ギターだという自覚があるのだろう。だから、気持ちを伝える最適なものは、歌を歌うとか、ギターを弾いて聴かせるとか、そういうことを考えているのかもしれない。

だけど、僕と明日菜の間に、そういう類の共通点はなかった。明日菜の想いを受け止めるミットのようなものが、僕の中には希薄だった。もしかすると、僕の中にある嫉妬が、それを遠ざけているのかもしれない。

「最近、私、いろんなものをもらうばっかりで、それに何が返せるんだろうか、って良く思うの。夏にセンセイがいろんな人と音楽を一緒にやる機会を作ってくれて、本当にそれは面白くて、ためになって、そこで出会った人もみんな、私にいろんなことをしてくれるの。みんなもういいオジサンだから、今日みたいにギターを買ってくれたり、ライブの計画を立ててくれたり。私はそこにちょこんと乗っかるだけで、楽しいことをひたすら得るばっかりで、他になんにも出来無いなぁ、って思う」

明日菜は僕の手の平を優しくさすった。

「トモもそう、私今でもよく、去年の春に階段から落ちて怪我をした時のことを思い出すの。あの時に、自転車で私のところまで来て、それから病院にまで追いかけて来てくれたでしょ。それが本当に嬉しかったの。心配してくれて、嬉しかった。でも、結局、それから何も返せていない。どうやったら返せるのかも、よくわからないし」

明日菜は、去年の春、東北で震災が起こった直後、被害を伝えるニュースを見ていて気分が悪くなり、運悪く階段でピークに達してそのまま立ち眩みを起こして、転げ落ちてしまった。幸い、それほど大怪我にならずにすんだけれど、おでこの生え際に小さく傷が残っている。

ちょうど落ちた時、僕とケータイで話をしていて、驚いた僕は無我夢中で明日菜の家まで走った。明日菜の家に着くと、もう救急病院に向かった後で、僕はまた自転車を飛ばしたのだった。

「トモはいつも、私を見ていてくれて、気にしていてくれて、でも、私はそうでもない気がするし、本当にすまないな、って思う」

いつも明日菜には驚かされるな、と僕は思う。そんな殊勝な明日菜は、知っているようで知らなかった。最低限の謙虚さはわきまえているけれど、もっとそれを凌駕する前進する勢い、のようなものが、明日菜の一番の力だと思っていた。逆に、周囲を引っ張ることと、その謙虚さの狭間でもがいている方が、ずっと明日菜らしいと思う。

「一緒だよ」

僕の口から、無意識に、そんなセリフが突いて出た。自分でも、その素直さに、驚いた。

「一緒?」

「見返りを求めて、僕は明日菜と付き合っているわけではないよ、たぶん。本当はもっと一緒にいたいけど、その為に何かあげるとか、そういうのもまた違うと思うし」

自分で自分の言葉を確かめるように、僕は胸の内の闇に隠れていた言葉を探す。

「僕の中に、明日菜の存在があって、それを明日菜も知っていて、邪魔だとかイヤだとか思わないでいて、なんていうのか、お互いにそれを認め合っているっていう事実、それだけで、充分かもしれない、って思う」

本心は、やっぱり明日菜を独占したと思っているのだろうと思う。だけど、独占した明日菜を、僕はずっと好きでいられるだろうか?それより何より、今でも充分に、僕は明日菜を独占しているような気もする。実感はないけれど。

「本当?」

云って明日菜は、しまった、という表情をした。明日菜はそういう、素直なところが、一番カワイイ。きっと明日菜は、嘘が吐けない。自覚しないと嘘を吐けない。

そのことを、僕は知っている。

なんだ、僕はけっこう、明日菜のことをよく知っているじゃないか。

「マジで」

僕が戯けてそういうと、明日菜は照れたように笑って、僕の手を握りしめた。そして、顔を近づける。

 

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