「ああ、そうだ、忘れてた」

明日菜は重苦しくなりかけた空気を打ち壊そうと、明るい声を出したけれど、その瞳にはまだ困惑が残っていた。ただ、明日菜にばかり、押しつけるのはあんまりだから、僕も精一杯笑顔を返した。

「プレゼント、プレゼント」

明日菜はそう言うと、一度ドアを開けて小走りで車の後ろへと駆けていった。冷たい空気が、躍り込んできて、あっという間に暖気を押しやってしまう。風はすっかり止んでしまっていたけれど、張りつめたような冷気が空気を凍らせてしまおうかというほどに、触手を伸ばし広がっている。

ハッチバックのドアを持ち上げて、半分ゴミ箱のようにものが放り投げられたラゲッジスペースを、明日菜はまさぐる。それほど長い時間ではなかったけれど、何かゴチャゴチャ探って、やがてばたんとドアを閉めた。

また小走りで戻ってきた明日菜は、寒い寒い、とドアを閉めながら云った。吐く息が白くなっているのが見えた。

運転席に腰を据えた明日菜は、一度深呼吸をすると、小さな声でメリークリスマス、と云って手にしていた小箱を僕に渡した。それは明日菜の手の平二つ分ぐらいの箱で、漢和辞典ぐらいの厚みがあった。丁寧に梱包されていて、右端に赤白の帽子をあしらったシールが貼ってあった。梱包はありふれたデザインだったけれど、どこかで見たことがある気がした。

「開けていいの?」

僕が問うと、明日菜は頷いた。僕は箱を裏返して、止めていたテープを指で慎重に剥がすと、そこから順にいちいち梱包を解いていった。包みを外し終えたところで、初めて箱の表にTAMIYAのロゴを見つけた。

改めて正面に据えて眺めてみると、それは、ダブルアクションのエアーブラシで、最近発売されたばかりの0.3mmノズルの限定版だった。少し太めのペン型の本体に、取り外し可能なカップが着いていて、全体がブラックにメッキされている。カップの後ろの突起が飛び出していて、それを人差し指で操作すると、エア量や塗料の具合を調節できるようになっている。

プラモデルを作る時や、絵を仕上げる時に僕はエアーブラシを使っていて、特にプラモデルの時には、頻繁に遣う。ただ、0.5mmののズルのものしか持っていなくて、細かい塗装にもう一歩踏み込めない不満を感じていた。やりようはいくらでもあるのだろうし、結局はテクニックなんだろうけれど、ツールはあって邪魔なことはない。今一番欲しいもの、と尋ねられれば、きっとこれはその中の、かなり最初の方に出てくるはずだった。

それにしても、そのことを、良く明日菜が知っていたな、と僕はそのことに驚いた。明日菜は僕がプラモを作るのが好きなことは知っているけれど、明日菜がギターの話をするほどに、詳しく話したことはない。喋ろうと思っても、説明するのがどうも苦手なのだ。あまり口の達者でない僕は、そうでなくても明日菜になにかを伝えることが下手だ。

「これ、欲しかったんでしょ?」

明日菜は、上目遣いに僕を見てそういった。

「そうだよ、欲しかったんだ。これって発売されたばかりだよね、よく手に入ったよ」

上気した僕の顔を見て、やっと明日菜は安心した笑顔になった。時々、明日菜はそうやって僕の顔色を窺う時がある。いつも自分一人でちゃんと起立しているような明日菜が、僕のことを気にしているのが、何か申し訳ないような気がする時もある。

「予約したんだ」

やっぱり、と僕は生半可に返事して、何度もTAMIYAの箱ををあちこち眺めた。

 

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