「ああ、それでね、このクリスマスプレゼント兼、進学祝いをくれたメンバーが中心になって、私の卒業ライブを開こう、っていう計画があるのよ。というか、本当はそのセッションメンバーが昔やっていたバンドを、二十年ぶりだか、再結成しようという計画の、私は口実なんだけど、とにかくいろいろ計画していてね、それも楽しみなんだよね」

本当に、明日菜はギターを弾く話になると夢中になる。きっと無意識だろうけれど、僕のことは簡単に路傍に置き去りにする。聞き役として、僕は必要なんだろうけれど、例えばそれは、家に帰ってお母さんに、でも代替可能なんだろうし、クラスの友達の誰か、でも一緒なのだろう。

そんな時に、僕は待つしかない。明日菜が道端でうずくまっている僕を見つけるまで、じっと待っているしかないのだ。ただ、高校最後の、三年生になって急激に、その時間は延びる一方になり、夢中で話す話題はなかなか収まらなかった。

「だから、その時にもまたオリジナルやりたいって思ってて、今はセンセイの所に行っても、ギターを弾くより、パソコンを弄らせてもらっているんだ。センセイが持っているレコーディング・ソフトの使い方をマスターしているの。お兄ちゃんがね、進学祝いにママと一緒に、ノートパソコン買ってくれるって約束してくれているのね。だからそこに、センセイと同じソフトを入れておいてね、東京に行ってもネットでピューッと飛ばして遣り取りして、一緒に曲作りは続けられるようにするのよ」

ピューッと、のところで、明日菜は実際に、人差し指を差し出して、フロントガラスの端から端までを撫でた。暖房と、明日菜のしゃべりの熱気で、デフをかけていないフロントガラスは、すっかり曇って向こうが見えなくなっていた。そこに、明日菜のなぞった指の跡が、真一文字に延びた。

「今でもセンセイのところ、通ってんだ」

思わず、僕はそう口をついて出た。言い方がひどく、嫌みっぽく響いて、云った直後に後悔した。案の定、明日菜の早口のしゃべりは、そこでストップする。

「合格が決まってからよ、十一月の末辺りから」

ふーん、と間延びして返事をしたのも、また僕の不機嫌さを強調してしまった。本当はそんなつもりはない、と自分では思っているのに、やはり深層心理では嫌っているんだろうか?だけど、受験で明日菜とのデートを控えるように言い出したのも僕の方だし、受験勉強といって周りをピリピリさせるほど真剣になっているわけでもない。もちろんそれを、明日菜に強要するのも間違っている。

きっとそれは言い訳で、僕の中にあるのは単純な嫉妬なのだ。嫉妬、と言った瞬間に、なぜか僕は敗北した気になる。それがイヤで、何かと理由を付けているに過ぎないのだ。そう考えると、僕は自分の感情に素直になれる。

だけど、急に萎縮してしまった明日菜を見るのは、それもまた、申し訳ない気がする。困ったように目を伏せる明日菜の顔を見るのは、僕は一番苦手だ。僕は軽く自己嫌悪の中に落ち込んで、自分の身の置き場に迷う。

沈黙が、やたらと暖房の音を室内に響かせた。お互いに、戸惑いの空気だけが重なり合っていく。

 

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