三年生になったばかりの頃、そんな話を僕は明日菜とした。クラス替え早々、進路希望のアンケートがあって、その時に、僕らは初めて、お互いの進路について話し合った。その時に、明日菜はもう、東京に出て自分のギターが何処までのものか試してみたい、ということを喋っていた。ギターで?と僕は訝しがったけれど、当然といえば当然のような気もした。僕は三年間、明日菜はギターを弾く女の子、というレッテルで彼女を見ていて、そのギターを弾く女の子と付き合っているんだ、と思っていた。

それが、高校を卒業してもずっと続けばいいと思ったのがその時で、ただその時は漠然とした、半信半疑の夢でしかなかった。

そこに母さんの話が持ち上がって、母さんは何より最初に東京の話をした。だけど、その時は曖昧に応えたのが、けっこう母さんにはショックだったらしく、それから何かと進路について問いただされることが多くなった。その時も僕には、東京に行くというオプションも、またそれ以外の選択も全くなく、いわば宙ぶらりんの状態で、結局縋ったのが、明日菜の下心だったのだ。

明日菜が東京に行くから僕も、という結論しか、僕には導き出せなかった。それは、夢ではあったし、きっとその時自分がもっとも強く望むことだったのだろうけれど、胸の底からわき上がるような意欲には直結しなかった。それは自分でも意外だったけれど、やる気、はなかなか起きなかった。

そうしているうちに、明日菜は早々と進路を決めて、いわばギター以外のことは迷うことなく、最短ルートで事を進めた。すっかり僕は置いてけぼりを食らって、またしても、その距離に唖然としていた。

「受験が終われば」

合い言葉のように、僕はいつもそう呟いていて、言ってもそれが意味のないことはわかっていて、云わずにはいられなかった。

「そうだね、受験すんだら、トモも免許取るんでしょ?」

ああ、と僕は応えたけれど、遙か遠くの未来のような感覚が襲った。

「だったら、その時トモにホテル連れてってもらう」

明日菜はそう言って、自分の言葉にクスクス笑った。

「コロッケ、喰う?」

僕は足下に置いたデイパックを探った。明日菜が調節した暖房は、足下に吹き付けていてそこだけなま暖かかった。車の中は寒くはなかったけれど、そこだけ明らかに熱の塊があった。それでも、取り出したコロッケの入った袋は、すっかり冷めてしまっていた。できたてなら香り立つ芳ばしい匂いも、何もしない。

「冷めちゃってるね」

「明日菜が遅いからだよ」

僕はそう愚痴って、明日菜に袋ごと渡した。それでも、明日菜は嬉しそうに中から取りだして、ありがとうね、と言った。僕はまた袋を受け取って、コロッケを出して口にくわえた。暖かさの欠片もないコロッケは、しんなりと水分を吸ってベトついていた。

「買いたてならもっとおいしかったのに」

僕は遅れた非難を充分に込めて、そう言った。明日菜はコロッケを頬張ったままの口で、ごめんごめん、とモゴモゴ云った。そして、窓に吊したドリンクホルダーのお茶のペットボトルを一口飲んだ。

「センセイの所に行っていたんだ。やっぱりクリスマスだから、道が混んでてね、こんなに遅くなったのよ」

それは自分のせいではない、と暗に匂わせているけれど、説得力がないのは明日菜自身にもわかっていて、気まずそうな顔をした。

 

戻る

次へ