寒い寒い、と明日菜は言って、暖房を調節した。CDコンポの明るい点滅が、賑やかに走っている。僕はその明日菜の手元をじっと見つめた。細い指がいくつかのボタンを押している。ナチュラルな爪は、なんの装飾もされていないし、短く摘まれている。ギターを弾くための爪だ。

それから、視線を腕に沿って登らせて顔を覗いた。おとといまで、学校で見ていたはずなのに、なんだかずいぶんと見ていないような不思議な感覚に囚われる。学校以外で顔を合わせるのが久しぶりだからなのだろうか。

暖房の調節を終えた明日菜は、手に息を吹きかけてはこすりあわせ、それを何度も繰り返した。そして、やっと僕が覗いているのに気がついて、ヤダ、と照れたように笑った。

一瞬の沈黙が流れて、明日菜は気まずそうに俯いた。それでも僕は明日菜を見ていて、いろんなことを考えていた。本当なら、初めて僕らが車で顔を合わせる時は、シートには逆の位置で座っているはずだったのに、とか、明日菜のまん丸い目がほんの僅か充血している様子に気がついたり、いろんなことがとりとめもなく浮かんで、消えた。そのいずれもが、とても懐かしいモノの羅列のような気がして、僕の方がその感覚に戸惑っていた。

しないつもりだったけど、と小さく明日菜は呟いて、見つめている僕の視線の前に、顔を見せた。そして目蓋を閉じると、その顔を近づけてきた。僕は条件反射のように顔を傾け、そして前のめりになって、近づいてきた唇を受け止めた。

抱えたギターのケースが邪魔だったけれど、僕の唇に明日菜の厚ぼったい唇の感触がして、たちまち官能的な匂いが充満する。もう何度も、重ね合った唇のはずなのに、僕は何度でも興奮して、慣れることがない。

 

戻る

次へ