「ねぇ、寒いから、車に乗らない?」

明日菜が笑顔を取り戻す、ということを精一杯試みて、そう言った。

「ドライブしてもいいよ」

「怖いよ、オレはまだ死にたくないよ」

「あ、それ、うちのママも云ったし、センセイも云ったよ。なんでみんなそう言うのかな」

さっきの車の挙動を見れば、誰だってそう思うよ、と僕は心の中で突っ込んだけれど、また何か不穏な空気が蘇りそうで控えた。それよりも、僕より先に、明日菜はセンセイのところに行ったんだ、というのが引っかかった。でもそれは、表情には一切出さずにおいた。そういう訓練は、もう僕の中でできあがっていた。

「とにかく、乗りなよ、外は寒い」

そう云うと明日菜は一度車の後ろを覗き込んで、バンパーの辺りを気にした。顰め面をして見てたけれど、納得したのかしないのかよくわからない曖昧な表情で、そそくさと車に乗り込んだ。

ちょっと待って、と僕はその明日菜の背中に声を掛けて、駐輪場を指さした。その時にはもう明日菜は、運転席に座って両手をこすりあわせていて、フロントガラス越しに僕を見て、何度か頷いた。

僕は自転車のところまで、小走りに戻っていった。

自転車に立てかけておいたキャリーバッグを肩に引っかけた時に、僕は気がついた。このまま歩いて明日菜のところに戻るまでに、この姿が丸見えになる。パッと見ただけで、これが明日菜へのクリスマスプレゼントだとはわからないけれど、勘のいい明日菜がそのことに気がつかないはずはない。プレゼント交換の醍醐味は、それが包みを解くまで何かわからないところにある。そういう意味では、僕は完全に失敗していた。

本当は額装したところで、明日菜を美術室に呼んで、華々しく披露するつもりだった。それが、先手を打たれて、今日という日を設定されたのですっかり計画が狂ってしまったのだ。それにしても、他に何かやり様があったはずだけど、僕は絵を美術室から持ち出すことで、頭がいっぱいになってしまったのだった。

正直言うと、僕は明日菜に逢えることだけで、もうすっかり舞い上がってしまっていた。不安の種や、行き違いは当然のようにあっても、やっぱり明日菜と会う、というのは今僕にとって、一番エキサイティングなことなんだと自覚している。高校生活の大部分が、その興奮の中にあったのは、きっと幸せなことなんだろうな。

その高校生活そのものが、もうすぐ終わるんだ、となぜかその時僕は思った。

今更どうしようもないので、僕は肩に担いだまま、またトボトボと歩いて車のところに戻った。駐輪場の屋根が途切れて、駐車場が一望できるところまで出ると、明日菜の車もよく見えた。フロントガラス越しに、ケータイを睨んでいる様子がよくわかる。つまり、顔を上げれば、僕が用意したこのプレゼントも見つかってしまう、ということだ。

斜めに停まった車の直前に立つまで、ケータイを見たままの明日菜は僕に気付かなかった。やっと僕の姿を認めて、笑顔を作った。そして後部座席の方を振り返って、手を伸ばして何かゴソゴソやっていたが、諦めたように前を向き、そしてもう一度、車の外に出てきた。

「後ろ、片づけないと入らないよ」

僕の提げたバッグを指さして、明日菜はひどく現実的なことを言った。それに応えようとして、僕はプレゼントを手渡す時のセリフさえ用意していないことに気付いた。

「これ、プレゼントだから」

そういう陳腐なセリフが、口をついて出て、僕は自分で自分にがっかりした。

だが、明日菜は僕に駆け寄ると、僕の空いた手を取りそこに両の手の平を重ねた。手の平で包んだまま持ち上げて、自分の頬に押し当てた。明日菜の手の平は暖かくて、それに比べて僕の手の平は凍えたように冷たかった。

明日菜は僕の手を包んだ手で頬ずりする。目を閉じて、何度も何度も、手を頬に押し当てて上下する。少しだけ明日菜の手の温もりが、凍えた手を回復させる。

「ありがとう」

ゆっくりと、一文字一文字を噛みしめるように、明日菜はそう言った。

 

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