それにしても、と僕は思う。

車の中からは、CDの音楽が流れていて、明日菜にしてはずいぶんおとなしい音だった。僕の知らないアーティストを、明日菜はたくさん知っていて、そのうちの誰かなのだろうけれど、当然僕にはわからなかった。

「サプライズ、的な?」

そう言った僕の顔を見て、明日菜は急に口をとがらした。僕の顔を上目遣いで見て、ひどく不満そうな顔をする。

「もうちょっと驚いていくれるかと思ったけど」

「驚いたさ」

自分でも予想できなかった程、その声は反射的で、大きかった。明日菜は肩をすくめる。

「教習所行っているなら、教えてくれれば良かったのに」

僕らは、受験勉強で学校で会う以外の接触を控えるようになっても、一日に何度かはメールを交換しあった。それは他愛のない日常の報告が主で、例えば今日の夕食はなんだったとか、そういう類のものだった。

それだけでも僕は、なんとなくは明日菜と一緒にいることを実感できていた。それ以上は、今は仕方がない、と諦めることが出来た。

それをなんだか覆されたような気がしていた。僕の知らないところで、明日菜に変化が起こることに、僕はもっとも恐れていて、それが現実になったような不穏な気分に苛まれる。

「驚かせたかったのよ」

口を尖らせたまま、明日菜は独り言のように音量を絞った声で言った。

「それに、受験勉強の邪魔しちゃ悪いと思ったし、あたしが車に乗るって云うと、いろいろ考えちゃうでしょ?トモは心配性だから」

だからって、と言いかけて、僕は言葉を飲み込んだ。明日菜がそれなりに気遣ってくれているのはわかるし、サプライズというなら、それ以上の他意はないのだろうことは、僕にも理解は出来た。でも、素直に納得できるような気はしない。

ただ、明日菜は、いつもこうだと云えばこうなのだ。いつも僕の想像の半歩前を行く。存在そのものがサプライズなところがあって、それはギターを抱えてエンターテイメントしているのと関連があるかもしれない。素質というのか、持って産まれた性というのか。

ただ、それは、僕にはいつもだいたい、心臓に悪い。

「怒った?」

明日菜は半ば納得はしないような顔をして、それでも精一杯僕を気遣うような目でそういった。こういう時はきっと、何を言っても、あるいは何を言われても、おそらく望む答えは聞けないし、出せないし、そして無いのだと思う。ただ、感情を持て余して終わる。

僕は深呼吸を何度かして、別にいいよ、と言った。

それが、いわば、僕らのささやかな、喧嘩の納め方だ。言い争いとか、ちょっとした行き違いとか、そういうことで僕らは良く揉める。口を利かなくなるとか、どちらかが一方的に怒鳴りつけるとか、そういうことはあまり無いけれど、小さなことですぐ、どちらかがどちらかに不満を表明した。思い返すと、僕らは高校に入学してからずっと、そうやって三年間を過ごしてきた。そして最後は、まぁいいよ、とか、もういいよとか、そういう感じでなんとなくすませた。結局、それ以上に発展するような、仲違いもなかったというわけだ。

そして僕はふと、そうやって三年間、明日菜とだけ付き合ってきたんだな、と気がついた。

 

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