とにかく待つしかない。僕は諦めに近い溜息を、一つ吐いた。その時、お堀の向こうの市道を一台の軽自動車が北の方から走ってきて、お城に渡る道路へと曲がってきた。そこから車が入ってくると、行く先はグラウンドの横の駐車場しかない。ということは僕の目の前を通り過ぎることになる。

駐輪場の前に並ぶポールを繋ぐ鎖に、ぽつんと一人座っている僕の姿を見られるのは、なんだか恥ずかしい気がして、僕は身の置き場を迷った。後ろを向くとか、そういう態度を取るのも、なんだか挙動不審で変に思われる気がして戸惑った。

その軽自動車は、ずいぶんとゆっくりとしたスピードで、お堀を跨ぐ道路を渡ってきて、案の定駐輪場の端のところで、こちらに向けてハンドルを切った。そこは道の真ん中に一本の気が立っていて障害になっている上に、少し急な上り坂になっている。そこをなんだかぎごちない様子で、やっと曲がった、という風に見えた。曲がった途端、急にエンジン音が高くなって、慌てるようにブレーキを踏む。

さっきまで自分の挙動を心配していたのが、今度は逆に自動車の方を訝しく思っていた。

そうやって結局ノロノロとまた走り出した軽自動車は、僕の前を通り過ぎようとした。

と、僕の目の前まで来ると、その車は急にブレーキを掛けた。僕の座る場所から、少し間を空けて、車は完全に止まった。そしてギーッ、というサイドブレーキの音が盛大にして、ガコンガコン、とギヤを弄る音がする。明らかに運転に慣れていないのがわかる。

僕は呆気にとられて見ていると、助手席側の窓が静かに下がっていった。

「ヤッホー」

声がして、運転席から前のめりになってこちらを見ていたのは、明日菜だった。

一瞬にして、僕の思考回路はストップしてしまう。さっきまで震えていた僕の身体は、不思議と動きを止めて、ただ、明日菜の顔を見つめるだけだった。

僕の中に、その光景はしっかりと認識できているはずなのに、すぐには状況が飲み込めなかった。そこから顔を出して、僕に笑いかけているのは、紛れもなく明日菜なんだけど、それが車の窓から、というのが理解できない。

あんぐりと口を開けている僕を見て、明日菜は吹き出した。おそらく、僕のその顔を見たくて仕組んだ罠に違いないが、まんまと嵌った満足をその顔はありありと示していた。無邪気に笑ったその表情は、きっと明日菜の一番美しい一瞬なんだと、僕は知っている。なのに、それを喜ぶ余裕が僕にはなかった。

「ちょっと待ってて、車停めてくる」

明日菜はそう言うと、運転席に座り直した。急に笑顔が解け、眉間に皺を寄せて手元を見る。まずハンドルを握る右手を見て、それからギヤを握る左手を見る。そのまま左手をじっと見つめて、何か決心したようなそぶりで、また前を見た。エンジン音が少しずつ上がり、その内ガコっ、という鈍い音がして、ひどく不格好に振動しながら、車は前に進み始めた。ぎごちないが、軽自動車はゆっくりとスピードを増していく。

駐輪場の向こうの野球グラウンドの前は、アスファルトが打たれた広い駐車場になっていて、グラウンドの壁に面してと、その反対側に等間隔に白線が引かれている。明日菜の運転する車は、そちらの方に消えていき、我に返った僕は、バッグをそのままにしてその後ろを追った。

 

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