そんなふうだから、本当に明日菜に誘われて、嬉しかったのは事実だった。それがまた、違う種類の溜息をつかされている。何やっているんだろう、と呟いた息が白い。今日は朝から、冷たい風が吹いていて、午後になってずいぶん収まったけれど、空は相変わらずネズミ色の雲が忙しなく走っていた。今にも一雨来そうで、そういえばさっきは少しだけ、パラパラと来ていて、一時はそれが白く替わっていた。あっという間に過ぎていったけれど、今にまたぶり返しそうな予感が、冷たい風に混じっていた。

明日菜が指定した待ち合わせ場所は、この街のランドマークの背の高いこんもりとした山の頂上に小さな天守閣が乗ったお城の一角。昔図書館だったところが駅前に移転してから民俗資料館に替わった建物に隣接した駐輪場。アスファルトを挟んで反対側には木立が並んでいて、その向こうにお堀の水面が波立っているのが見えていた。駐輪場の先は、そのままアスファルトの駐車場に繋がっていて、その向こうは野球のグラウンドがある。駐輪場からはちょうどスコアボードの裏側が見えていて、そこから外野スタンド、と呼べるかどうか、階段状になったアスファルトの観客席があるのだけど、駐車場側は垂直の壁になっていた。

グラウンドではよく早朝野球とかやっていて、地元の中学の練習試合とか、ウチの高校の野球部も時々練習試合で遣ったりしている。そのグラウンドからは、高校の校舎も見える。目と鼻の先ほどの近さで、庭みたいなもんだ。僕も明日菜と時々立ち寄ってこのグラウンドを眺めながら長話をしたりする。だから、今日のデートの待ち合わせ場所に指定してきたのだろう。

僕はその駐輪場に自転車を止めて、アスファルトの通路とを隔てているポールに繋がったチェーンに腰を下ろして、何度も何度も、ケータイを眺めていた。今時すっかりレガシーインターフェースになってしまった二つ折りのケータイを、僕はパタパタやって、開いて閉じて、閉じては上を見上げた。駐輪場の波形の屋根の向こうに背の高い石垣が、何層にも見えていたけれど、天守閣は見えなかった。

街の中心にあるのに、ココは静かだ。車の通りの頻繁な道路はそれほど離れていないのだけど、騒音と呼べる程度の音はココまで届いていない。周囲は閑静な住宅街で、北側には市役所や裁判所があって、休日に人影はない。そして、この寒空の下で、道を歩くような人はほとんどいない。クリスマスの喧噪からも、忘れ去られたような寂しささえ漂っていた。ついこの間まで、それでも選挙の割れたスピーカーの音がガナッていたんだけど、ようやく落ち着きを取り戻して、普段に戻った感じもする。いつだってココは寂しいほど静かなんだ。

 

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