目の前の車が動き出した、さっき挨拶した男が玄関先で、僕の方に何度も頭を下げた。僕ももう一度、小さく手を上げて、遮る物のなくなった道を直進した。

明日菜ちゃんの家は、その住宅街を抜けて、小さな川を渡ってすぐの所にある。そこまではまっすぐの道が繋がっていて、昼間ならば入り口の門が見えるぐらいの距離だった。

その短い距離を、妹はゲラゲラ笑い続け、明日菜ちゃんもクスクス笑い続けた。笑いすぎだよ、と僕が言う前に、車は玄関先に到着した。

「今日は本当にいろいろとごちそうになっちゃって、楽しかったです」

ありがとうございました、と言って明日菜ちゃんはドアを開けた。後ろで妹が体を起こして、お母さんに挨拶しとこうか、と言うと、イエイエいいですよ、と明日菜ちゃんは手を振る。

「その恰好じゃマズいだろ?なんの集まりだか、疑われちゃうよ」

僕はさっきの爆笑のささやかなお返しをした。

「いいじゃん、知らない仲じゃなし」

妹は、明日菜ちゃんが怪我をして病院に運ばれた時に、お母さんとは顔を合わしている。

「代わりにオレが挨拶しておくよ」

僕はそう言って、車の外に出た。

本当にいいですよ、と車を挟んで、明日菜ちゃんは僕に言った。本当に、本当に、と何度も繰り返されると、僕は無理強いできなくなる。男の僕が出ていくのも、あるいは逆効果かもしれないし、と思うと僕は足が動かなかった。それにしても、僕ら兄弟は、なんて役に立たないんだろうか?

「本当にいいの?」

僕が念を押すと、明日菜ちゃんは満面の笑みを浮かべて、ハイ大丈夫です、と応えた。

そして一歩下がると、改めてごちそうさまでした、と上半身を折った。妹が車のウインドウを下ろして、手を振る。

「ああ、明日菜ちゃん」

いったん玄関の方へと歩み始めた彼女の背中に僕は声をかけた。振り向くと、長い髪がふわりと舞って彼女の肩に落ちた。

「妹はああいったけれど、オレはトモ君と一緒にいるという選択は、間違いじゃないと思うよ」

ハイ、とまた明日菜ちゃんは笑顔になる。

「信頼を再検証するのに、一人よりは二人の方が効率的だろ?だから、世界の最小単位を二人で数えると、それは意外に大きなパワーになるんじゃないかと思うんだ」

「トモは、そういうの、苦手みたいな気がするけれど」

「だったら、明日菜ちゃんが引っ張ってやればいいんだよ。まだ、時間はあるんだから、二人のこともじっくり話し合ってみたらいいよ。きっとトモ君の正直な気持ちは、そこら辺にあると思うよ」

 

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