スピードを落として、ウインカーを出す。路地を曲がると、住宅街に入る。入った所に、路上駐車のワンボックスが道をふさいでいた。ただ、車のエンジンはかけたままで、後ろのドアを開けて、荷物を下ろしている。車とすぐそこの家の玄関を行き来していた一人が、僕らの車の方を向いた。

僕がウインドウを下ろして顔を出すと、その男は、すいませんもうちょっとで終わりますんで、と頭を下げた。僕は片手を上げて、了解の意思表示をした。

溜息のようなものが車内に広がった。妹は少しだけ頭を上げて様子をうかがっていたが、またすぐケータイに視線を戻した。明日菜ちゃんはギターを持ち直して、缶ジュースの残りを飲み干した。僕だけが、フロントガラスを見ている。

引っ越しなのだろうか、男達の運ぶ荷物の大きさはまちまちだし、玄関先では若いエプロン姿の女性が、顔を出して愛想を振りまいている。友人を集めて、何度も往復して引っ越し代を浮かせた、そんな想像が出来る光景だった。

僕は当然のように、その玄関先の女性をじっと見つめた。僕らよりはずっと年齢が下に見えるけれど、ずいぶんと物腰が柔らかで落ち着いて見える。セミロングのまっすぐな髪が、行き交う男達をいちいち追う度に、サラサラと流れているのに、僕は魅惚れていた。

「新婚さんかな」

思わず、頭の中に浮かんだ言葉がそのまま、僕の口から出た。僕はそのことに、自分で驚いたのだけど、隣の明日菜ちゃんはそうかな、と呟いただけで、特に興味もなさそうだった。

僕は、明日菜ちゃんの顔を、その若いエプロン姿の上に据え付けてみた。いつかそんな日が来るのだろうけれど、なんとなく、違和感があった。利発な明日菜ちゃんが、家庭に収まる象徴のようなエプロン姿で、満足するはずがないように思えた。それでも、結婚しないわけではないだろうし、その時に彼女の隣にいるのは、いったい誰なのだろうか?

 

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