遅くなったね、と僕が言うと、後ろで妹が、もう一度挨拶しとこうか、と言った。起きて待っているなら、それぐらいはしておいた方がいいな、と僕は同意したけれど、明日菜ちゃんは、そんな気を使わなくても、と丁寧に拒否した。 「いつも、こんなに遅くまで遊んでいるのか?」 妹が身を乗り出す。そういうワケじゃないですけど、と明日菜ちゃんは否定も肯定もしない。もっとも、僕は、夏の間彼女をセッションに連れ回したけれど、もう少し遅い時間になって送り届けたこともある。 「学生は気楽で好いね」 フフフ、と妹は意味深な笑いを残して、また後部座席の闇に沈む。 路地のようにくねる道は、街灯が少なく、ヘッドライトが切り裂いた外は、漆黒に染まっていた。人家が並んでいるけれど、何処ももう灯が消えていて、暗さが一層際だっていた。月明かりもなく、僕は自然とノロノロのスピードまで落とした。 あーあ、と後ろの闇から声がした。僕はルームミラーをのぞき込む。妹が操作するスマホの明かりがぼんやり、浮かんでいた。 「終わっちゃったなぁ。丸亀の花火が終わると、夏が終わった、って気分になるんだよな」 心底寂しそうに呻いて、妹は言った。 「名残の花火だな。まだ、明日も祭りはあるんだけど」 「文化祭が終わるまでは、夏ですよ」 文化祭、いつ?と妹の声。9月の連休です、と明日菜ちゃんは応えた。 「学生は気楽でイイね」 もう一度繰り返した妹の言葉に、初めて明日菜ちゃんは呆れたような顔をした。 「でもその後、受験ですから」 少し語気を強めて、明日菜ちゃんは返した。 「ああそりゃ大変だ。アタシは関係なかったからね。就職も、適当に決めたし」 大学は、決めてある?と僕が問うと、なんとなく、と明日菜ちゃんは応えた。 「東京に行く、っていうだけだから、入れれば何処でも好いし、四年制の大学行くのでも、短大二年に、専門学校二年も好いかな、って、私も適当」 適当とは言っても、それなりに進路の方針は決まっているだけしっかりしているな、と思う。僕が今の明日菜ちゃんと同じ頃、文化祭のことしか頭になくて、その向こうに何があるのか、何をしようとしているのか、全く決めていなかった。 あの頃僕は、何を考えていたのだろう?いったい何をしていたのだろう?
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