「偉そうなことは言えないけど、オレは、去年の震災ではなく、その直後の原発の事故対応を見ていて、なんとなく思ったんだ。妹のこともあって、何か急に、目の前の現実というか、感情とは乖離した何かが目について仕方がなかったんだ。

あれからいつも、正しいコトってなんだろう?って考えるんだけど、どうしても答えが見つけられない。あんな風にドカンといって、あれが福島だけ、ってどうして言えるんだろうか?ってね。それこそ日本の隅々まで、放射能を浴びているのだろうし、その線量がどうとかいっているけれど、それにしたって、じゃあ安全なのはどれくらい、って云っても何処にも答えがない。誰も正確には応えられない。専門家や政治家がいろいろ言っていることを、検証しようとすると、いつも、その正しさを裏打ちする根拠の曖昧さに気付くんだよ。結局、その人の肩書きだけで信用しろ、って押しつけられている気がして、人間自体を信用できないのに、言っていることも疑わしい、って思うのが普通だろ?」

明日菜ちゃんは曖昧に頷いて見せた。

「つまりね、正しいコトっていう、ある意味人が行動する時に一番規範とするものが、実は曖昧で、そのことを知ってしまった御陰で、俺たちは原発以外のものまで、何も信頼できなくなってしまった。そのことが、一番のやっかいなことだと思うんだ」

屋台の方で、フラッシュが光った。見ると、バンドメンバーに挟まれて、妹が記念写真を撮られている。照れたように笑っているのが、どうも妹には不釣り合いに見えた。それでもしっかり、指でピースサインを造っている。

「仕方がないから、俺たちが出来るコトって、結局はその信頼を、一つ一つ、めんどくさくてももう一度検証し直すか、あるいは諦めてしまうか、ぐらいしか方法はない。いずれにしろ、膨大な時間と労力を必要とすることで、それが一番、僕らの気力を萎えさせているんだと思うんだよ。諦めたら楽、というわけにも行かないし、かといって、どうもショートカットの良策もなさそうだし。

原発に反対する人も、推進派も、オレにはどうも同じ間違いを犯しているような気がして仕方がないんだ。どっちかを選ばないといけないとすれば、ちゃんと論点を整えて欲しい気がする。これは全く逆説的な言い方だけど、推進派は、だったらこれぐらいの電力をまかなえる方法があるなら、原発を辞めますよ、って云えばいいし、反対派は、これぐらい安全だったら原発認めますよ、って云って欲しいんだ。わかるかな?」

自分でも突飛な方向に話が飛んでしまった気がしてたけれど、意外に明日菜ちゃんは真剣な眼差しで、僕の話に集中していた。案外、僕が言っていることは、今日一番、曖昧とは無縁の、ストレートな自分の感情かもしれないと気付く。

「結局、話をすりあわせるというか、対立する土俵を造るってことをすっ飛ばしているから、曖昧になるんだよ。僕にはどちらも、そのことから逃げている気がする。ちゃんと前を向いているようなフリをして、肝心な所から逃げている。

それは結局、正しさを信じているからで、正しさという前提のせいで、もっと本能的というか、基本的なことが霞んじゃっているんじゃないかと思うんだ。もうその前提自体が揺らいでるのに、そのことに気付いていないだよ。

それよりは、オレはちゃんと正直でいてくれる方がずっと安心なんだと思うんだ。どんなに耳の痛い話でも、包み隠さず、正直に言う、あるいは正直に振る舞う。正直さで信頼を一から構築する所からしか、僕らは前に進めないんだろうな。

今は正義ってものは、対立しか産まないんだよな」

妹が僕と同じことを考えているかどうかはわからない。考えたとして、それを自覚しているかどうかもわからない。でも、妹が、がさつに変貌していったのは、抵抗とか反発ではなく、きっとその正直さの結論なんじゃないか、という気がするのだ。

その正直な気持ちというのは、きっと、七夕に対する愛だ。

僕ではとうてい追いつけないほどの深い愛を持って、七夕を対立の中から救い出した気がしてならないのだ。その為に、困難を妹は引き受け、離ればなれの現実を受け容れたのだ。

その愛こそが、最も人間の正直な感情に他ならない、と僕は思う。

 

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