明日菜ちゃんは一度振り返って、妹の方を見た。屋台の前の大きな水槽のような冷蔵庫を覗いている妹の傍らに、ギターケースを抱えた背の高い男が近寄ってきて、声をかけていた。それに気付いた妹が困惑でもなく、笑顔を咲かすのでもなく、ただ無表情で男を見上げた。男の方は妹とは対照的に、満面の笑みで近づく。身振り手振りを交えて、何事か話している。

その男が、あの美術館の上で、コールドプレイを奏でていたバンドのメンバーだと、やっと気付いた。果たして妹は、それに気付いているのかどうか。

「先生」

僕は、もう一度、明日菜ちゃんにそう呼ばれた。何?と応える声が、心なしか震えている気がした。

「先生の家で食べたトウモロコシ、じゃなくて、その時に話したことなんですけど」

何かマズいことを言ったかな、と思う僕の頭にはなぜか、七夕の顔が浮かんだ。まだあどけない笑顔のままの、七夕。

「あれからずっと、私考えていたんです、妹さんのこと。っていうか、今の妹さんができあがった、理由?」

語尾をしゃくり上げて、同時に首を傾げる。まん丸い目が、しっかりと僕を見据えたまま。

「妹さんの境遇というか、あんな風に成っちゃった理由はわかるんですけど・・・、まぁ、その前の妹さんを知らないから、変わったというのは、あんまりピンとこないんですけど、でも、妹さんが言った、旦那さんの意向とか向こうの両親の思惑通りに振る舞う、っていうのが、どうしても解せなくて」

そこで明日菜ちゃんはスッと、僕の右手に視線を落とした。何か意味があってではないだろう、たまたま、そこに目が行っただけ。でも、僕にはそれが気になった。

「上手く言えないんですけど、なんとなく、前にイジメのことをクラスで討論したことがあって、その時のことを思い出したんです。イジメって、イジメている方がもう断然悪いのは当たり前なんですけど、それに負けるっていうのかな?逃げることも出来ないほど追いつめられる時の心境って、なんとなく、妹さんが変わった理由に似ていません?」

 

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