その時も、そして今になっても、そこに何がいたのか、僕は全くわからないままだった。一瞬見えたその生き物の残像は、今でも目に焼き付いているのだけど、それがいったいどんな全貌をしていて、実際にいたのはナマズなのか、ソウギョなのか、全くわからず終いだった。

「あれで好いんじゃない?」

妹は、この間、梅干しを漬けていた壺が空いたので、あれに入れて庭に埋めよう、と言いだした。

「ブチクロの恰好のエサになるんじゃないか?」

それならフタをして、と言うと、僕も妹も吹き出した。それではあの、居たのか居ないのかわからない謎の生物と一緒になってしまう。

「どっちにしろ、明日ホームセンターに行って水槽、買ってくる」

水槽を土に埋める、と妹は付け加えて、一人でアハハと笑った。

そんなことを話していると、僕らはアーケードに出てきた。しかし、屋根から通りを照らしていた明かりは、すでに落とされていた。代わりに電飾代わりにつるされたちょうちんが、あちこちでほのかな明かりを灯していた。屋台のいくつかはまだ営業していて、そこだけ煌々と明るかった。

妹はその一つを見つけて、喉が渇いたな、と僕らの顔を見て言った。ラムネ買ってくる、と妹は言い残すと、屋台の方に先にスタスタと歩いていった。その屋台は、個人の業者ではなく、この商店街のバザーのようで、売れ残りを捌いている、といった感じだった。

先に歩いた妹を、追いかけるでもなく、僕らはそのまま歩調でやんわりと妹の後に続いた。また、さっきの懸念が頭をもたげて、僕は自分の手の置き場を意識し始めていた。

「先生」

と急に明日菜ちゃんが僕の前に立ちはだかり、見つめた。え?と僕は声を詰まらせて、立ち止まる。

「私、さっきからずっと気になっていたんですけど」

なんだ?と僕は鼓動が早くなるのを感じた。いつの間にか、僕の動揺は表面に現れていたのか?急に冷たい汗を滲ませ始めた僕を、明日菜ちゃんはじっと見つめた。

 

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