昔、祖父がまだ元気だった頃、遊びに行くと、近くの池で捕まえた、というそのナマズだか、ソウギョだかを見せてくれた。それは土に埋めた、細長い陶器の壺の中に入っていて、木製のフタが被せてあった。

祖父はそれを捕まえたことが自慢らしく、まだ幼い僕たちに嬉々として見せてくれたのだけれど、見えたのはただ真っ黒な泥水だった。この中に、奴はいる、と誇らしげにいうのだけど、僕に見えたのは、濃い茶色に濁った水の表面に僅かに浮かんだ、水草の影だけだった。

あまり喜ばない僕らを気遣ったのか、祖父は壺の縁をこつこつ叩いて、ほれほれ、とか声をかけていたのだけど、水面が揺れるだけで、変化はなかった。子供心に、僕らは目の前にあるものにほとんど興味を失ってはいたけれど、祖父の親切心に背くことの方にずっと罪悪感を感じていて、ただ、じっと見ているしか出来なかった。

祖父はそれでも何事か、周辺の土を叩いたりしていたけれど、変化はなく、そのうち僕らは、この中には何もいないんじゃないか、とすら思い始めていた。

その時、いよいよもう、諦めてふたを閉めようとした瞬間、ボコッ、と大きな音がして、水面が激しく波立った。その時、何かが見えた。黒い生き物の皮膚の表面が見えた。ぬめっとした身体の一部が、奇妙に輝いたのを、ほんの僅かな間だけ見ることが出来た。

だけど、それは、まるで泡のようで、その弾けた瞬間は、ほんの僅かな間だけだった。その後にはまた静寂と、名残の波紋が揺らめいているだけだった。

 

戻る 次へ