なぁ、と妹は、誰ともなく、呼びかけた。顔を上げると、妹は明日菜ちゃんに近づいて、身体を寄せると、いきなり髪を撫で始めた。そういうスキンシップをしているのを、身近で見たのは、僕は初めてだった。というより、七夕がいた頃、そんな光景はしょっちゅうだったはずなのに、もう記憶が薄らいでいるコトに、僕は驚いた。

妹のそのいきなりの仕草は、言いにくさを隠すような、そんな態度だった。手を触れながら、敢えて視線を逸らす。そうして、言いたいことを言おうとしている。

「詳しくは知らないんだけど、まぁ、あまり聞きたくはないんだけど、とりあえず、さっきまでの話を総合すると、あのひょろ長い彼氏の話なんだけど・・・」

そこまで言って、うーん、と妹は躊躇した。それでも、髪を撫でるのを辞めず、結局束ねた長い髪を掴んで、ハラハラと左右に振って遊ぶ。

くすぐったいですよ、と明日菜ちゃんはコロコロ笑う。笑いに後押しされて、妹はこんなことを言った。

「彼氏とは、東京には行かない方がいいよ。理由はないし、あんまり考えられないんだけど、なんとなく、東京には行かない方がいい予感がする」

そういった後、照れ隠しのような、衝撃の告白の緩和のような、そんな感じで、掴んだ明日菜ちゃんの髪で、明日菜ちゃんの鼻をサワサワとくすぐった。アハハ、と笑いながら、明日菜ちゃんも妹の言葉を受け流す。

ただ、僕もなんとなく、妹ならそう思うだろう気がしていた。理由はわからないけれど、敢えて言葉を探すなら、さっきの駅での立ち話のあのバラバラな感じが、明日菜ちゃんの未来とは相容れない感じがするのだ。それは感覚でしかなく、何処がどう、と突っ込まれるとへどもどするのだけど、例えば、トモくんの父親のよそよそしい笑顔とか、母親の作られたような質素な立ち姿とか、そういうモノが、僕らが知り触れあってきた明日菜ちゃんの中には、接点がない気がした。

それは偏見という言葉で片づけられるのかもしれないし、それほど深く知り合った仲ではないのにも関わらず、というブレーキがかかって、感覚で留まっているのかもしれない。でも、妹が言う不穏な予感は僕もどことなく感じないではなかった。

妹が、それをはっきりと口にして告げたのには驚いたけれど、それは兄妹故の無為の共感からなのか、互いの経験のシンクロニシティなのか、いずれにしろ僕は不思議に納得していた。

 

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