「この歳になって、今更高校の最後を思い出す機会も少ないし、だからといって今の自分に何か変化をもたらすこともないんだけど、でも、ああそうか、って気付かされたっていうか、驚かされたっていうか。禿げるかどうかは別にして」

そう言った時、ひときわ時間をかけて、高く火の矢が上がった。ひゅるるる、と風を切る音が長く続いて、一瞬、静寂に似た空白が、辺りに落ちた。と思った瞬間、腹に響く低音の効いた破裂音が、大きく響き渡った。

空一面を埋め尽くしたか、と思うぐらいの輝く火花が大きく広がる。頭上から降って来そうな光の粒が、四方に飛び散って、やがて放物線を描く。それを縁取るように、小さな花がいくつも咲いて、パラパラと乾いた音を発てる。

ほんの一瞬だけ遅れて、背後からドン、という音が帰ってきた。体が前後から震わされたような感触が、妙に心地よかった。僕は、光の粒が消えた後の残像を、惜しむように見つめ続けた。それは妹も、明日菜ちゃんも変わらなかった。

「でっかいね」

妹がそういって、空に向かって手を叩いた。同じようにあちこちから拍手が上がり、やがて、向こうの祭り会場までが一斉に拍手の渦に埋まった。拍手が終わると、なぜか溜息のような、安堵の空気が辺りを支配した。

「終わり?」

未だ空を見続けている妹が、不満そうに言う。僕はスマホを取り出して、時計を見る。一時間ほど経っていた。顔を上げると、向こうから人の流れが逆流して来始めていた。浴衣の連中が、こっちに向かって歩いてくる。向こうの方で、女性の声でアナウンスが流れている。

「もう終わり?」

もう一度、妹は、確認するように僕と明日菜ちゃんを交互に見ながら言った。

そうみたいです、と明日菜ちゃんは応えて、妹に同情するように、首を傾げた。

「ずいぶんとあっさりしているな。昔は半日ぐらいドカンドカンやっていたもんだけどな」

妹は、実に名残惜しそうに、両手を掲げて、手の平を閃かせながら言った。それは幼稚園のお遊戯会の、キラキラ星の振り付けみたいな仕草だった。

半日ですか?と明日菜ちゃんは真に受けて妹に訊く。妹は、ああそうだよ、昼過ぎから、空砲みたいなのを打つんだよ、善通寺の駐屯地から戦車とか来て、花火の代わりに空に向けてドーンてね。

戦車の件で、明日菜ちゃんは冗談に気付いて頬を歪めた。苦笑の一歩手前で呆れている。

帰るか?と僕が言うと、明日菜ちゃんは何も応えずきびすを返した。妹はまだ、未練があるように、何度も空を見上げては、遠くを見つめる目で眺めて、諦めて振り向こうとして、また空を仰ぐ。それを何度も繰り返した。

そのうち、人波がどんどん溢れて押し寄せてきて、僕らは道の端の商店のシャッターに寄りかかっても、流されそうになった。狭い道が、人でごった返す。浜街道には、急に騒々しい車が行き来する。エンジン音が必要以上に大きく響き、甲高いクラクションが余計な合図をまき散らす。

帰るか、とやっと諦めた妹は、そう言って、人波に身を任せた。僕と明日菜ちゃんは、その後ろを追いかけるように、続いていった。

 

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