「オレも文化祭が命、みたいな感じで、夏休みはその為にあって、もう三年になってもバンド以外は考えなかったんだよな」

一緒だ、と明日菜ちゃんは小さな声で同意する。

「文化祭が終わって、夏が終わったなって感じて、三年の時はそれが一番胸に響いた。でも、夏が終わっただけで、俺たちの毎日はまだずっと続くんだな、と思うと変な気分だったんだ。また元に戻る感じで、余韻と共に二学期が始まる、って感じだった。でも、三年になると全然違ってきたんだよな」

今でもよく覚えているのは、文化祭が終わったすぐ後に、模試があったことだ。10月に入ったばかりだったか、土日をつぶして、実力テストみたいなものがあった。

僕は、いつもの調子で全く勉強もせず、適当に名前だけ書いて終わったのだけど、周囲は豹変していた。一緒にバンドしていたメンバーも、友達も、目に見えて受験モードに入っていた。出来はともかく、なんだか今まで聞いたこともないような、ひどくリアルな将来をまことしやかに語るようになり、見向きもしなかったような一点二点に、神経質なリアクションをするようになった。

「その時はっきりと、ズレ、っていうものを実感した。さっき明日菜ちゃんが言っていたズレとは違うものかもしれないけれど、俺自身と、周囲とのズレというものが、眼前とそこにあるって気付いたんだよ。まぁ、薄々感じてはいたんだけど」

いわば三年生になって文化祭が終わると、お楽しみは終わりになって受験モードに入るのが、お約束、みたいな気がして、僕はその当たり前に全く馴染めなかった。確かに、それが普通なのだろうし、ズレているのは自分の方だというのはわかっていたけれど、全く前フリのない、豹変ぶりに、僕は辟易したのだ。本当は、前フリは僕の知らない所で繰り返されていたのだろうけど。

「不遜の限りだけど、その時ほど同級生がちっちゃく見えたことはなかったな。俺が好きだった音楽、ってそういうものじゃないんじゃないかな、って気がして、特に一緒にバンドをやっていた奴ほど、より一層ちっちゃく見えたんだよな」

うんうん、と明日菜ちゃんはしきりに頷いている。僕は少し、恥ずかしい話をしている気がして、あまり彼女のリアクションに応えることが出来なかった。僕が少し黙ると、それでどうしたの、と先を急かすように明日菜ちゃんは尋ねた。

「何もしなかったんだよ」

「何も?」

そうそう、と妹が引き継ぐ。

「兄ちゃんは、進学はおろか、就職も何もしなかったのよ。ただ、卒業しただけ」

卒業して、しばらく家にいて、高校の終わり頃にちょっとやっていたバイトを時々やって、そしてしばらくして、プイッと名古屋に出ていった。最近明日菜ちゃんを連れて出ているセッションのメンバーの一人が、名古屋の楽器店に知り合いがいて、そこを紹介してもらったのだ。偶然以外の何物でもなく、バンドをやる、ギターを弾く、ということはわかっていたけれど、それ以外何も持たずに、僕はただ流れるように名古屋に赴いたのだった。

 

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