明日菜ちゃんも顔を上げても、何事もなく、連れだって歩いた。僕は横に並んで歩調を合わせる。明日菜ちゃんとは、ほんの少し僕の方が背が高いぐらいで、ほとんど肩が並ぶ。

何か言いたそうで、でも、まだ上手くまとまらないように、口を半開きのまま、空を仰ぐ。

「下心って、トモくんのお母さんには初めて言ったの?」

一度僕の顔を見てから、明日菜ちゃんは頷く。

「誤解されたかな?一応、ギターを弾いているのも知っているし、バンドもやっているのも知っているし、勉強もあんまり出来ないのも知っているし、と思ってちゃんと説明はしなかったけど」

本当は、明日菜ちゃん自身、その自分の将来の理由に、確信が持てないに違いない。華々しい世界を夢見てはいるけれど、それが実現するとは思っていない。そういうチャンスの近くには居たいたと思うけれど、それが誰しもに与えられるものではないのを知っているし、それが自分の所に舞い込んでくるとも思っていない。

要は信じ切ることが出来ないのだ。今は、そのチャンスという漠然としたものを、曖昧に捉えているだけで、それが下心、という絶妙の表現になっている。僕はその確信のなさに、ひどく共感していた。たかだか十七才の女の子に、将来の自分を確実に信じ切ることが可能なのだろうか?

「でも、トモのお母さんは、トモとは関係なく、東京に出るっていうことは賛成だったの。お母さんが言うのに、地方は東京ばっかり見てて、グローバル化、という風に突きつけられると、東京の磨りガラス越しに世界を見ている程度だけど、東京は、地方というガラスがないから、直接世界を見ているんだって。それが一番のアドバンテージだって」

それは僕も、東京に住む従兄弟のタッチャンに訊いた。東京に住む人は、どこかでその言葉を必ず教わるのだろうか?

僕は高校生の頃、当時もう大学に進んでいた先輩にこんなことを言われたのを思い出した。先輩は、とりあえず、若いウチに世界を見ていた方がいい、観光でもイイから海外に出るべきだ、と。曖昧な返事しかできなかったけれど、僕はそれよりも、日本を、自分の足元をしっかりと見てから世界を見るべきだと思って、今の歳になるまで海外なんて行ったことがない。もっとも、ただ、お金がなかっただけなんだけど。

 

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