雑踏に紛れて、沈黙とも違うおかしな空気が僕らの間を漂った。それを紛らわしたかったのか、妹には触れないようにしようと思ったのか、父親の方が、話題を変えた。

「右手の包帯、どうしたの?」

あ、忘れてた、と言いそうになった。それぐらい、自分の中ではもう慣れてしまっているけれど、確かに、周囲の目からすると、もしかすると包帯が僕の目印のごとくになっているかもしれない。

仕事でちょっと、とそこまでしか言わなかった。もし包帯がなかったら、それはちゃんと説明しないといけないのだろうな、と僕は思った。あるいは、向こうが気を使って触れないか。それをスルーするか、ちゃんとわかってもらおうとする。

それは実は、僕の問題なのだな、と気がついた。

結局それは踏み絵みたいなもので、僕の小指の先がないことを、誤解したままでいい人と、済まない人を区分けすることになる。そういうのは、どうも苦手だ。早速、包帯をしたままで誤魔化せる所を、僕は誤魔化したままにした。きっと、細かに説明しても好かったはずで、それをしなかったのは、そこで僕は、トモくんの父親との関係を値踏みした、ってことだ。これからどれほどの関係性を築けるのかは、僕にだってわからないはずなのに。僕は今この瞬間の、ただの印象で、説明しないことを選んだのだ。

これから僕は、曖昧なままで済むことを、許されなくなったのだ、と思った。

 

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