明日菜ちゃんは僕らを残して、トモくんの方へ小走りで駆けていった。トモくんと少し距離を取って立ち止まると、ぺこりと頭を下げた。同じように、お母さんも頭を下げる。そして、その向こうにいた細身の男が同じように頭を下げる。どうやら、あの人が父親らしい。

顔を上げるとトモくんの父親は、とてもわざとらしい笑顔を見せた。社交的に完璧だけど、どこか造形に作為が見える類の笑顔だ。黒のポロシャツに薄いブラウンのスラックスは、当たり障りがなかったけれど、変に隙が無くて相手に緊張を強いるような服装だ。だらしない所が一つもない。派手じゃないから、完璧に周囲に溶け込むけれど、手を延ばすとすり抜けてしまいそうな抜け目のなさを感じる。

それはそのまんま、僕の中の東京のイメージだった。僕の周りに東京在住か、あるいは出身者はほとんどいない。昔名古屋にいた頃には、何人かいたけれど、今はもう繋がりがない。確か仕事場によく顔を出すCADソフトの営業が、東京出身だったか、大学が東京だったか言っていた気がするけれど、よく覚えていない。

明日菜ちゃんが現れると、途端にその三人の中心が明日菜ちゃんに変わる。明日菜ちゃんに手を延ばして、その延長線上で他の二人に触れる、そんな感じで、三者三様の触手が明日菜ちゃんに絡みついた。

トモくんは、明日菜ちゃんがお辞儀を終えると、スッと横に立って、両親と相対した。僕はその素早い動きに感心して、そして苦笑した。やっぱり、もっとも両親を苦手としているのはトモくんらしい。明日菜ちゃんはまさに、トモくんにとって寄る辺なのだが、それを明日菜ちゃん自身がどう感じているかまでは、思いが至らないだろう。

僕はそんな様子を改札の横で見ていた。妹は僕と並んで、同じように見ていて、しばらく眺めた後にもう一度、芸能人、と言ったが、今度は語尾が微妙に疑問型に吊り上がっていた。

さっきまでは三人で歩いていたのに、今は途端に兄妹に引き戻されて、なんだか気まずい雰囲気が流れる。ふと、僕ら二人だけで、花火大会に来るなんてことが、あっただろうか、と考える。僕と妹、のみならず、例えば僕と明日菜ちゃんと、という組み合わせも、僕にはどうも考えられなかった。もちろん、花火を一人で見に来るほど、退屈しているわけでもない。モモちゃんとならあり得ただろうが、彼女が夜勤ならば、きっと今日は家でおとなしくしていたはずだ。

 

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