「プロモ、プロモ」

サビにさしかかると妹はうわごとのように呟いて、手を開いたり閉じたりした。ドラムがパッドで鐘の音を打ち鳴らし始めると、太鼓を叩くようなアクションをして見せた。それはネットで見た、この曲のプロモーション映像の中で、同じ様なフリをしていたのを再現しているのだろうけれど、おぼろげなまま判然としない。この踊り自体、それを再現しているのかもしれないが、全く持って奇妙なアレンジが加わっている。

ただ、踊る妹も、合わせる明日菜ちゃんも、身体の動きがだんだん細かくなってきて、熱を帯びてきている。妹は目を閉じたまま、音楽が奏でる波のようなモノに気を合わせているようなそぶりだし、明日菜ちゃんの顔は終始ほころんでいる。それは、ダンスが楽しい、というよりも、体を動かすのが楽しい、といった風に見えた。腕の動きに合わせて、顔をくるりと回したりすると、纏めていた長い髪がほどけて、肩からサラサラと落ちてゆく。

僕は落ちてしまった髪バンドを拾って、またじっと眺めた。二人を見ながら演奏を聴くと、不思議と演奏自体も楽しそうな音に感じる。演奏は、ほとんどサンプリングで再現したような感じだし、ボーカルの英語はほとんどカタカナに近かったけれど、音に合わせて踊る二人には全く関係なかった。

音楽はまさしく、波なんだろう。空気を震わせて人に伝わる。波は、音だけではなく、きっと細胞に直接感応する何かを、含んでいるに違いない。そこにニュアンスを込め、感情を混ぜ込むのが演奏者の仕事なら、エッセンスを受け止め、四肢に漲らせて、同化しようとするのは観客の仕事なのだろう。

愉しませたり、愉しまされたりすることよりも、ずっと楽しむことの方が、リアルなんだな、と僕は二人を見ながら思った。僕はバンドの演奏は相変わらず耳障りだと思うのだけど、二人に合わせて小さく足でリズムを取り始めていた。

明日菜ちゃんがくるりと回ると、短くしたスカートがふわりと浮いて、プリーツが広がる。白い膝小僧が見えて、そのまま明日菜ちゃんは飛び跳ねた。周囲からひゅーっ、という声がかかる。逆に妹は、捕まった宇宙人みたいに、両手を掲げたまま頭だけを揺すっている。二人ですら、シンクロしているようで全然合っていない。

楽しさだけが、二人を繋げている。楽しさの波動が、周囲に伝播してきている。若い夫婦の間で、幼い子供が身体を上下させて二人に合わせようと必死で眼差しを向けている。それは見ていてなんとも微笑ましい光景だった。

 

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