約束の時間にはまだ早くて、明日菜ちゃんは、その美術館の二階でライブをやっているはずだから、というので見に行くことにした。正確には美術館の入り口のそばに、広くて長い階段があって、それを登り切ると喫茶店がある。その正面には滝の流れる空間が造られていて、喫茶店とその滝スペースとの間が広く開いている。そこに簡単な台を並べて、ステージに誂えてあるのだ。

階段を上り始めた頃から、頭上から音がしていて、美術館には似つかわしくない、騒がしい音だった。そういえば、ずっと昔、一号とこの美術館に遊びに来た時、偶々、ブルンジから来た民族音楽の集団がパフォーマンスをしていた。褐色の集団は皆、頭に大きな太鼓を乗せて登場し、その音は辺りを震わせていた。

独特の神に捧げる踊りを舞いながら、太鼓を打ち鳴らし、そのうち円になった集団は、一人一人中心に躍り出ていわば、ソロの太鼓を打ちながら舞う。それが次々と連なるのだけど、腹を揺さぶる太いパルスが、不思議な高揚感をもたらして、僕は思わず身体を動かしたくなる衝動に駆られたものだ。

それよりはもっと、下世話な騒々しさだったけれど、演奏以外に音は聞こえず、手拍子とか歓声とかは聞こえない。騒がしい曲調の割に、なんだか寂しそうな感じだった。

「これ、クーラ・シェイカー?」

明日菜ちゃんが僕に訊く。

「ああ、そうだ、いわれてみて気がついた。カッティングが、歪みすぎでよくわからなかったよ」

ファースト・アルバムに入ってる何か、だと思うのだけど、とっさにはタイトルが出てこない。

その曲が終わった辺りで、階段を上りきる。一番奥でバンドが照明を浴びている。ボーカルにギター、キーボードとリズム隊の5人組。年齢は、二十代後半だろうか?全部が男ばかり。観客は、一応ぐるりを囲んでいるけれど、それほど多いわけではない。

ガラスで仕切られた喫茶店の中から、外を見ている客もいるけれど、照明が落とされているので中はよく見えない。ただ、花火大会までの時間つぶしか、喫茶店へ寄るつもりだったのか、階段を上がってくる人はけっこういた。僕らがステージの前に陣取る集団の一番後ろ辺りで立ち止まると、すぐに後ろから人が並んだ。

ステージ横の滝は、全く関係なくシャーシャーという音を発てて流れ続けていた。演奏が停まると、一瞬、その滝の音が聞こえた。

バンドは一曲演奏するごとに、ボーカルのしゃべりが入った。立て続けに曲を演奏することがない。ボーカルは観客に話すというよりは、内輪で盛り上がっているように、バンドのメンバーと顔を見合わせて話をする。観客より、メンバー受けを狙っているみたいで、メンバーは楽しそうに笑っている。それにつられて観客も笑う、という感じだった。

仲は良さそうだな、と思って、ふと明日菜ちゃんを見ると、ひどく嫌な顔をしていた。まるでこの上なく不味いとわかっている食べ物を前にして、思わず顔を歪ませた、というような表情だった。それも、きっと無意識だろう。視線はバンドをちゃんと見据えているのに、表情だけがゆがむ。

そうしているウチに、また演奏を始めようとするが、まだ準備が整っていないと、つまずく。苦笑のような笑いがステージの上だけで巻き起こる。すると、明日菜ちゃんが小さく、舌打ちをした。

 

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