「明日菜ちゃんが怪我した時に、トモくんがオレに電話してきて、病院に行っただろ?あの時、妹が着いてきたのを覚えている?あれは不思議なんだけど、別に一緒に来い、とも、連れて行け、とも言わずに、当たり前に着いてきたんだよ。帰り道で初めてそのことに気がついて、何でだろ?って二人で話して、でも理由は全く見あたらなかったんだ。

後になって思いついたのは、あの時、電話のかかってくる前に、妹は七夕のことを思いだして、涙を流した、ってことなんだ。あれはオレが知っている限り、七夕と離ればなれになって以来、初めて妹が七夕の話をした瞬間で、初めて七夕のことで涙を流した瞬間だったんだ。

それで、俺が思ったのは、人には無力なことが必ずある、ってことなんだ。当たり前のことなんだけど、けっこうそういうことを忘れているモノで。そして、それを補うのは、やっぱり人なんだよな。つまり、オレはほとんど初めてと言っていいぐらい、あの時俺たちは兄妹で、気がついたら兄妹で共同生活していて、兄妹でもう生活を長く続けているんだな、と思ったんだ」

そこで一息ついた僕は、もう一度、本当にただの意見だよ、と繰り返した。

「人の最小単位は、二人、なんじゃないかな、となんとなく思ったんだ。俺たちは、偶々兄妹だけど、本当なら、夫婦とか、親子とか、そういう関係性の中で暮らしているのが普通の歳だろ?その中で逆に個人でいるのは、ひどく困難なんだ。大勢の中に取り込まれて、身動き取れなくなるのも困りものだけど、やっぱり一人で何もかも、というのはきっと無理があるんだろうな」

明日菜ちゃんはテーブルの上で手を組み、その上に胸を置いて、俯いて聞いていた。

しばらくして、顔を上げた明日菜ちゃんは、一言、依存じゃないんですか?と尋ねた。

「支え合いと依存は、線引きが難しいけど、例えば、オレと妹が依存し合っていると思う?まぁ、食事とかは作ってもらっているけれど、それも俺たち話し合ったワケじゃなく、妹は自分の役割、としてやり始めたんだ。七夕のついでではあったけど」

ふと、僕は初めて妹が作った料理を食べたのは、七夕と一緒だったな、と思いだした。まだ両親がいる頃、妹は台所に寄り着いたこともなかった。それが、七夕にちゃんと食事を作って食べさせ、それと同じものを自分も食べている、という事実を目の当たりにした時に、人は変わるものだ、と思ったものだった。

 

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