僕にしかわからないジンクスを、モモちゃんは知らずに、初めてデートした日以来、高野寛がお気に入りなった。そのせいか、僕の車の中はここしばらく、高野寛をパワープレイ中だ。Sorrow and Smileの頃なら、ほとんど全曲、歌詞を暗記しているので、対向車線の視線も憚らず、仕事の行き帰りに熱唱している。

もちろん、助手席に座る明日菜ちゃんも、後部座席の妹も、そんなことは知らない。車の中は至ってシンプルで、CDプレイヤーの小さな画面がキラキラしているぐらいだ。

明日菜ちゃんは、足と足の間にソフトケースに入ったギターを挟んで、胸の辺りのヘッドを大事そうに抱えている。だから、ミニスカートから伸びる足が、大胆に白く浮かんでいた。その膝頭が、僕がシフトチェンジをする度に触れた。なぜか、それでも、明日菜ちゃんは気にするそぶりもなく、触られたら触られたままにしている。

オートマチックならそんなこともないのだろうけれど、僕はどうしてもミッションの車を選んでしまう。元々、機械を触るのが好きで、ギターやパソコンや、そして車もその延長にある。僕が触れることによって、僕自身の手先になる感覚、それを車ではシフトチェンジに求めるのだ。パドル操作では物足りない、クラッチを踏み、シフトレバーを倒すのが、僕には堪らなく快感なのだ。坂道のエンジンブレーキで、シフトを合わせる時など、僕には快感なのだ。

そういえば、モモちゃんは、そのシフト操作をするのを初めて見たらしく、僕がカクカクゴトゴトやっているのを、珍しそうに見ていた。僕が彼女の手を取って、シフトを握らせて、その上に手の平を重ねて操作してあげると、妙に嬉しそうな顔ではしゃいで見せた。

モモちゃんとは何度か逢っているけれど、それよりは遙かに、明日菜ちゃんを隣に乗せている方が多いのは、付き合いの長さの上でしょうがないけれど、明日菜ちゃんの方でも助手席のポジションにすっかり馴れて、土曜日の午後は、ココに座る、ぐらいには思っているかもしれない。

レッスンの後には、だいたいは僕が送っていくのだけど、不思議とそれほど会話は弾まない。だから、寄り道をすることも余りない。元々、明日菜ちゃんの家に送るのに、30分もかからない。帰宅ラッシュに絡んでも、その時間はそれほど変化はなかった。

 

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