その時、明日菜ちゃんのスカートのポケットで、ケータイがバイブレートした。反射的に彼女はそれを取り出し、小窓の表示を見た。そして、あ、トモだ、というと、親指をすべらせて、何か操作した。メールが来たらしい。

ほとんど同じ時に、妹とおばさんの会話も、終わったようだった。おばさんは自転車を押しながら、元来た道を帰ろうとしている。その背中に向けて、妹は二倍だね、二倍、と繰り返した。間違えないように、とおばさんは一度だけ返事すると、そのまま自転車に乗ってあっという間に走り去った。

妹は、手を振りながらもう、もらった茶色の瓶に視線を奪われていた。瓶を振ったり、ラベルに見入ったり、よっぽどそのもらい物に惹き付けられたようだ。

瓶を持ったまま、妹が戻ってきた。何?と聞くと、これを二倍に薄めて畑に巻くと、実が倍になるらしい、と言った。今度は茄子に試してみる、と小さな決意を僕に表明した。

先生、とメールを見終わった明日菜ちゃんが妹と僕を交互に見た。妹は、またフン、と鼻で笑う。

「トモが、花火、一緒に見ないか、って誘ってきたんですけど」

イイじゃない、と応えると、難しそうな顔をして返した。

「向こうは家族連れなんですよね。私、ちょっとあのお母さん苦手で、たぶん、トモも一緒じゃないかな、それで私を誘った感じで」

そこら辺の詳しいことはわからないけれど、普通でも逢瀬に家族は厄介者が定番だ。

「あたし達も一緒に逢うならいいんじゃね?」

妹が横から、何かたくらみを含んだ様な顔をしていった。

「断るなら、俺たちと一緒に見に行く、って云えばいいし、それで、向こうでちょっと逢うぐらいならいいんじゃないの。上手く行けば、トモくんだけ連れ出せばいい」

そうですね、と言いながらも、まだ納得はしていないようだ。

「逢おうぜ、逢おうぜ、芸能人一家だろ?逢ってサインもらおうぜ」

明日菜ちゃんの困惑とは裏腹に、妹はそういう下世話な思惑で盛り上がっていた。ただ、そういう無関心さが、複雑に絡み合った意図を解す効果がないとは限らない。結局、明日菜ちゃんは妹に押し流されるように、花火大会の段取りに傾いた。

「それじゃ、そろそろ用意するか。日も陰ってきたし」

太陽はまだ、西の空に輝きを残して、ほとんど真横から庭を照らしていた。青々とした稲の波に、菜園の影が伸びて、揺れていた。ほんのわずか風が出てきて、さっき撒いた水に濡れた庭が乾ききらずに締まった土の芳香を放っていた。

もう、どこかで虫の鳴く声がする。昼間はまだ蝉がうるさく、雨が降ると蛙が鳴く。でも、お盆を過ぎた辺りから、夜半を過ぎると虫が鳴くようになった。それはもう、秋の気配に違いなかった。

もう夏が終わるんだな、と僕はほんの僅かの感傷に撫でられて、長い陽の影を追った。

 

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