明日菜ちゃんの兄は、大学をそこそこで中退して、急に漆工芸の職人の元に、住み込みで弟子入りした。ブラ・コンと自分で言うぐらいの明日菜ちゃんは、そのことがひどく寂しかったらしい。彼女の家は、父親も愛媛の大洲に単身赴任していて、普段は母親しかいない。

それが偶々、家族勢揃いしたのは、震災とは無関係ではないらしい。皆、直接の被害はないにもかかわらず、不安になって急遽家に帰ってきたらしい。

僕は、明日菜ちゃんの兄とは会うのは初めてだったし、そもそも、救急病院に駆けつけたのも、しかも妹を連れてきたのも、なんだか場違いに思った。それで余計に丁寧な事情を説明して、挨拶した。兄は、ギターの先生、と言って、初めまして、いつも妹がお世話になっています、と深々と頭を下げた。向こうでうちの妹がフン、と鼻で笑った。

その内、一晩泊まることになった病室に案内されたが、もう消灯時間は過ぎていたので、家族だけを残して、僕らは退散した。僕はトモくんの自転車を無理矢理車に乗せて、彼を送っていった。

 

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