一心不乱に、と言っていいほど真剣に、手渡されたトングのまま、トウモロコシをやっつけていた明日菜ちゃんの手に、僕はそっと触れた。手首の辺りに指先をそっと宛うと、彼女はようやく手を止めた。僕は無言でしょうゆに濡れたトウモロコシを掴んで、皿の上に載せた。

彼女は困ったような顔をして、それから手に残ったトングを見つめた。別にそれほど、と言いかけて辞めた。それはあくまでも僕の認識で、きっと明日菜ちゃん自身にも気休めにはならないだろう。

ただ、明日菜ちゃんが思うほどに、僕らはその妹の変容を、持て余しているわけではない。

とりあえずは、無理矢理でも消化して、何らかの形にして胸の中に止めている。少しぐらいの波風が立った所で、動揺することはない。そのことを思い出す端緒も、複雑な迷路の奥に仕舞ってある。

僕は話題を変えようと、庭を見渡す。いつの間にか、ブチクロはどこかに消えてしまっていた。妹は裏手の物置に一度消えると、今度はホースを持って庭に出てきた。ホースの先からはちょろちょろと水が流れ出していた。妹はその口をぎゅっと絞って、菜園の方に向けた。

曇り空は、ところどころ切れて、夕方の鈍い日差しをその隙間から漏らせていた。風も乾いていたし、きっと雨が降らないと妹は踏んだのだろう。このところの二、三年、台風やら夕立やらで、水不足を心配しなくて好くなったのはいいけれど、それはなんとなく、自然というものがおかしくなっているのかもしれない、という漠然とした不安を掻き立てもした。

だけど、実際目の前で大量の雨が降り、この香川でも洪水警報が出るようになると、環境破壊もまんざら悪いことばかりではないんじゃないか、という良心とはかけ離れた不思議な気持ちになる。ましてや、地球が出した答えが、人間にとって都合の悪いことばかりでもあるまい。

とりあえず、妹はこのところ、水まきを欠かさない。夕方、仕事から帰ってくると、庭に出て水をまく。なぜかその時だけは、何も喋らず、ただ黙々と水をまく。

僕も明日菜ちゃんも、その背中を見ていた。ジャージのお尻の所に、炭でこすった跡がついていた。

 

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