ざわざわと菜園に植わった低い、青々とした長い葉が揺れた。その花なのか、野菜なのか、名前のわからない植物の間から、猫が顔を出した。葉の間から顔を出した途端、一切の動きを止めて、やけに鋭い眼差しでこちらを見た。警戒しているのか、髭だけがぴんぴんと辺りをうかがう。

庭にいる人間三人共がその猫に気付いて目を向けた。妹は、後ろを振り向き、一瞥すると、チチチ、と舌だけ鳴らして七輪にまた向かった。僕も目だけは猫を見ながら、食べるのを辞めなかった。唯一、明日菜ちゃんだけが、笑顔を浮かべて、のぞき込むように上半身を前に折った。そして手を差し出して、左右に振った。その指先を、猫の瞳が追う。

猫は一度姿勢を低くして、もう一度辺りをうかがうと、匍匐前進のように進んでのっそりと全身を現した。

その猫は、この辺りを根城にしている白地に黒ブチの野良猫で、我が家ではブチクロ、と勝手に名前を付けていた。辺りの民家を廻ってエサにありついているらしく、まるまると太っている。家の隣近所だけでなく、田圃の向こうの民家でもエサをもらっているらしい。

警戒はしているが、臆してはいない。たぶん、僕と妹だけなら、さほど気にせずのっしのっしと庭を横切り、エサをせびるのだろう。きっと、今日は七輪の匂いにつられてきたに違いない。だが、明日菜ちゃんを見つけて不意打ちのように神経をとがらせただけだ。そういえば、明日菜ちゃんが、この庭に面した縁台に座るのは、初めてだったかもしれないと、今になって気付く。

明日菜ちゃんは半分食べ終えたトウモロコシを、また小さく囓って、粒のまま手の平に落とした。食べるかな、といいながらそれをブチクロに差し出す。ブチクロは、近づいて、止まって、辺りを警戒して、を何度も繰り返して、縁台のあるコンクリートまで登ってきた。そのまま隠れるように縁台の下に駆け込むと、そこで一つ、ニャーと鳴いた。

手の平を縁台の下に差し出した明日菜ちゃんは、警戒を解くように、視線をあっちの方に向けた。猫に限らず動物は目で言葉を交わす、となにかの本で読んだことがある。きっと彼女もそのことを知っているに違いない。

 

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