相手は、言わずとしれた恋人のユキちゃんだった。しかも、ユキちゃんのお腹には、すでに二人の子供が宿っていた。

「ちゃんと計画していたんだよ。当てがはずれたと言えば、こんなに早くできるとは思ってなかっただけで、まぁ、合意の上というか、それなりに将来を考えた感じで・・・」

そう一号は言い訳したけれど、まんざら取り繕ったものでもない気はした。計画と言うほど、きっちりしたものではないだろうけれど、お互いに背中を押すような何かを求める思惑を、共通項として持っていたのは事実だろう。一緒に住み始めてからも、もうずいぶんになる。潮時というか、そういう感覚は、僕にもなんとなくわかった。

一週間ほど前、一号とユキちゃんは、それを僕と妹の前で告白した。二人は報告のつもりだったのだろうけれど、僕ら兄妹には、全く予期していなかった告白だった。

僕はどことなく潰えかけていたけれども、ユキちゃんへの横恋慕はぼんやりと心の片隅に宿したままだった。叶うはずのない夢であり、だからこそ、僕のこの夏はあったのだけど、忘れるにはまだ生々しい息づかいに満ちていた。

といって何があったわけでもない。些細なニアミスを僕が勝手に誇張して記憶しているだけで、今ではもう、想い出の中に滲んで、詳細もフィルターを掛けたかのようにおぼろげだ。

結局僕も妹も、二人には、よかったね、とも、幸せに、ともなんにも言わなかった。もちろん、ユキちゃんに一号でいいの?とも聞きはしなかったけれど、とりあえず、事実を受け止め、納得しただけだった。

一号だけは妙にはしゃいでいて、隣でユキちゃんは酷く照れていて、ああ、二人はお似合いだな、と悔しいけれど思った。別れ際、そのうち、俺は松山城の麓で、毎日水ようかんを作っているかもしれないぜ、と冗談めかして言った。僕はその時初めて、ユキちゃんが老舗の和菓子屋の長女だということを知った。そのことが妙に、悔しさに拍車をかけた。

 

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