そんなことを考えながら相変わらず庭の景色を眺めていると、あっ、と明日菜ちゃんが声を上げた。僕も妹も同時に、彼女の方へ向く。ただ妹は、瞬時に何かを悟ったようで、二、三度、小さく頷いた。

「彼氏と約束がある?」

先に妹に言われて、いや、それは、とつんのめったように、彼女は口ごもった。答えと思いつきが交錯してよろめいたような表情をする。どうやら、妹の推理ははずれたらしい。

「トモは今日、家族と一緒だから。きっと花火は見に来るでしょうけど」

「家族って、例の?」

僕が訊くと、彼女は頷いた。彼女が頭を振ると、後ろで束ねた髪が、さらさらと狐のしっぽみたいにふわふわと揺れて、たちまち清潔な匂いが香った。

「今年の夏は、後半ずっと、家族一緒、なんだそうです。実を言うと、あんまり最近、逢ってないんですよね」

それより、と彼女はうつむきかけた頭をもたげて、僕を見た。

「一号さんも呼びましょうよ、久しぶりに逢いたいな」

僕はこの夏、彼女をいろんな音楽仲間に紹介したが、一号とは春のステージ以来、逢っていない。

「一号は今、松山に行っているよ」

そう言った僕自身、声がずいぶんと沈んでいるのに気がついて、少し動揺した。

「彼女の実家に、挨拶に行っているんだ。あいつ、結婚するんだよ」

僕がそういうと、明日菜ちゃんは目を丸くした。信じられない、といった表情で、僕を見つめた。同じ顔を僕は、初めて一号から、そのことを告げられた時に、見せた。ただ、彼女みたいに無垢の驚きよりは、もっと複雑に入り組んだ、モザイク状の驚愕と困惑だったはずだ。

 

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