明日菜ちゃんに同級生の彼氏がいることは、妹も知っている。彼の名前が智郎、といって、明日菜ちゃんはトモ、と呼んでいることも承知しているし、それにつられて、僕も妹もトモくん、と呼んでいた。

彼がギターのレッスンに来なくなってから、妹がトモくんと逢ったのは数えるほどだ。文化祭の時とか、お城祭りのライブの後の他は、何度か。

そのトモくんの話を、明日菜ちゃんはもどかしそうに話し始めた。その躊躇は、話すことのためらいではなく、何から話していいのか、また自分でも好く消化し切れていないことから来る、迷いのようだった。

しかし、将来の道に、今そのトモくんが、深く関わってきているのは確かなようで、それをなにかの形で、納得とか結論とかに結びつけたいと思っていて、彼女はその機会を今のタイミングに求めたのだ。

ちょうど聞き役に僕と、好奇心の塊の妹がいる。最適かどうかは別にして、明日菜ちゃんの求める許容範囲をわきまえてはいるはずだ。

「先生は、トモくんの家庭の事情、何処まで知ってましたっけ?」

明日菜ちゃんが僕のことを先生と呼ぶのを聞いて、妹がフン、と鼻で笑った。この世界で、僕のことを先生と呼ぶのは、明日菜ちゃんと、その並びで彼氏のトモくんぐらいだが、僕を先生と呼ぶのを憚る連中は、星の数ほどいる。その筆頭がおそらく、妹だろう。

それは無視して、僕はちゃんと明日菜ちゃんの方を向く。

「確か、ずっと叔父さんの所に引き取られていて、今はおじいさんの実家にいるんだったよね。その辺は本人から訊いたけど、それ以上は知らないな。本当の家族がどうだかは、はっきりとは訊いてない」

「実は、私もそうなんですよ。家庭の事情が複雑で、っていう感じで、それ以上は踏み込めないというか、踏み込まさないというか。私以外にも、ずっと小学校の頃からの友達も、知らないらしいんです」

そういえば、叔父さんの所に綺麗な大学生のお姉さんがいる、とは訊いた。ただ、それも叔父さんの娘で、血の繋がった姉ではないらしい。

「訊きにくいよね」

明日菜ちゃんは頷いた。僕と、明日菜ちゃんの会話を、妹は興味深そうに訊いている。だけど、会話の中に入ってこようとはしない。

「それがこの春、急に両親を紹介する、って云われたんですよね」

僕はふと、自分のことを省みた。今まで何人か、付き合った彼女はいるけれど、親を紹介した、あるいは親に紹介した女の子っているだろうか?ましてや高校生の頃は、親は恋愛関係の中では厄介者の筆頭だった。時代が変わったのか、特殊な事情があるのか。

「それで紹介されたのが、あの町間摩耶、なんですよね」

知ってます?と明日菜ちゃんは付け加えた。もちろん知っている、と応えた。

 

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