突拍子もないことを、妹は云う。その返事を、妹は明日菜ちゃんに求めた。

「まぁ、会いに行けるアイドルですから」

「ダメだよなぁ。アイドルには会っちゃいけない」

え?と問いながら、明日菜ちゃんはくすっと笑いを漏らす。

「アタシ、小さい頃カークンが好きだったんだよね」

今度は僕が吹き出した。

「明日菜ちゃんは知らないよ」

そうか、と妹は苦笑する。

「昔、ローラースケートを履いたアイドルがいたんだよ、SMAPよりもずっと前。光ゲンジ、っていってね」

ぽかんとした表情で、明日菜ちゃんはその初めて聞く名詞を受け止めていた。無理もない、彼女はまだ産まれてもいない。

「そのカークンに、憧れていたんだけど、何故か、この世に存在しない物というか、幻想?幽霊?とにかく、現実の物じゃないとずっと思ってたんだよね」

それはまた極端だな、と僕は言う。件のルールが終了したので、途端に饒舌になっている。普段余り会話がないのは、ただ顔を合わせる機会がないだけで、こうして一緒にいれば、互いに言葉はちゃんと応酬に耐える。

「テレビの世界の人、ってそういうイメージだったんだ。だから、憧れていたけど、逢いたいとはこれっぽっちも思わなかったんだよね。逢えるとも思ってなかったし。

だから会えるアイドルなんて、アイドルじゃないよ、それはただの人気者。逆に言えば、少なくともアタシが会える人は、アイドルとか、芸能人とかじゃないんだよ」

孤高の人、と明日菜ちゃんは呟いた。それ、と妹が彼女の鼻先を、人差し指で指す。

「やっぱり、そういう存在がどこかにないと、つまらないよね。簡単に、香川とかに来て欲しくないよ」

なんとなくわかります、と明日菜ちゃんは応えた。それが妹に合わせたお世辞なのか、本当にそう思っているのか、僕には判断が付かなかった。妹の云っていることは、僕にはわからないでもなかったが、妹の想い自体が幻想のような気もする。そう考えると、存在、というものそのものが、酷く曖昧な定義でしか成り立っていないことに気づく。

「で、明日菜ちゃんは卒業したら、その東京へ行くつもり?」

はい、と即答が帰ってきた。それはずっと前から、明日菜ちゃん自身が公言していることだった。でも、応えた後で、ほんのわずか、瞳の光が翳ったのを、僕は見逃さなかった。

何かあるのかな、と思った瞬間、ずるずると盛大な音がして、妹が最後のうどんを平らげた。妹は、明日菜ちゃんの返事に、満足したらしい。

 

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