明日菜ちゃんは妹のことを、いたく気に入っている。話しぶりや、物腰や、立ち姿が、彼女の琴線を刺激するのだそうだ。ギターの練習の前に、まずは妹が家にいるかどうか訊くのがいつもの習わしになっていて、在宅なら必ず、会いに行った。

きっとおもしろい歌詞が書けますよ、と熱心に説得して、渋る妹に無理矢理引き受けさせた。そこら辺、彼女も結構強引な所がある。妹も、渋っていた割には、一週間ほど鼻歌でずっとそのオリジナルを口ずさんでいて、次の土曜日にはもう明日菜ちゃんに手渡していた。

僕も読んだが、独創的な、30を過ぎた女性が作るには余りにも突飛な歌だった。明日菜ちゃんも一読して、複雑な顔をした。妹はその表情を押しのけるように、力作だよな、と自信たっぷりに云って見せた。もうそれで、採用になってしまった。

「この間の練習の時に、初めて唄ってみたんです。けっこうリズムにのってて、格好良かったです」

満足そうに、妹は笑ったが、ふと、その笑顔が止まる。

「あれを唄うのは、男?」

妹が明日菜ちゃんのバンドを見たのは、例のボーカルに回し蹴りを入れたあのライブで、もんどり打って転げ落ちたのは男だった。

だが、明日菜ちゃんは、頭を何度も横に振った。彼女の髪は、上の方で縛っていても、毛先は腰の辺りまでスッとまっすぐに伸びていた。それが、彼女の首を振るのにあわせてクネクネと揺れ動いた。

「女性ボーカルにしたんです。前の奴は、もう二度と唄いたくないとか言い出して、いろいろ当たって結局女子しか残って無くて」

回し蹴りの一件以来、男性ボーカルとは険悪になり、向こうは向こうで新しくバンドを作って張り合っていると聞いた。男性ボーカルだけでなく、ステージの上の回し蹴りは、けっこういろんなひとにインパクトを与えたようで、一緒に演奏する人を見つけるのが難しいと、彼女は好く愚痴っている。

「でも、可愛いんですよ。一年後輩で、元AKBのあっちゃんに似ているって評判で」

「歌、上手いの?」

僕はやっと決心して、そういってから、うどんを啜る。白いうどんが鰹出汁に染まってしまうまで、何度も何度も押さえつけてから口に運んだ。

「いや、あんまり。もう、見栄え重視です」

カワイイから、と明日菜ちゃんは云って、うどんを啜った。

 

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