よかった、助かった。僕はそれほどグルメではなく、どちらかというと味には無頓着な方だけれど、それでも口にするのは敬遠したくなる不味さなのだ。

明日菜ちゃんが云った礼は、文化祭に発表するオリジナルの歌詞のことだ。彼女主導で強力にオリジナルを押し進めたのだが、結局アレンジも何もかもをちゃんと設定しないと、実際に音に出すのは無理だった。小馴れたセッションで音を作ってゆく、なんてことをするほどの余裕も、真剣さも明日菜ちゃん以外は持ち合わせていなかったのだ。

それで、ベースラインや、リズムパターンから、おかずの入れる場所まで、細かく指定しながら、形にしていったのだが、歌詞までは手が回らなかった。ボーカルが書きそうなことを匂わせていたが、いざとなって及び腰になったそうだ。

音のことは何かと手を伸ばせる僕らも、歌詞となると躊躇が入る。なので、誰かに頼もうと云うことになって、最初一号に頼んだ。僕らが路上で歌っている曲は全て、一号が歌詞を書いている。

しかし、一号は訳あって最近特に忙しくなっている。僕が怪我をしたのに偶然のタイミングで、彼のプライベートが騒がしくなりだしたのだ。

次に自分よりはずっとたくさんの本を読んでいる彼氏の名前を思い浮かべたけれど、それはすぐに打ち消した。彼氏を自分の音楽のテリトリーに引き込むのは、ギターレッスン以来彼女は遠慮していた。

そうして途方に暮れている時に、明日菜ちゃんが目を付けたのが、妹だった。

 

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