僕は、ちょうど両親が事故にあった時も、それからしばらくして、運ばれた病院で相次いで息を引き取った間際も、立ち会うことが出来なかった。僕はその頃、家を出て、名古屋で暮らしていた。その頃も一号と一緒で、楽器屋でバイトをしながら、なんとなく毎日を無理矢理忙しくさせていた。ケータイとか無い時代で、家の留守電に入った急報を、僕はしばらく聞き逃し、気がついて慌てて帰った時には、もう全てが遅きに失していた。

それをなんとなく、負い目に感じていた。だから、こうして実家に帰ってきて、妹と二人で住むようになってから、毎年の法事とお墓の管理だけは、ちゃんと心がけて世話するようにしていた。

そもそも、実家に帰ってきたのも、直接の原因ではないにせよ、両親が急に亡くなったことと重なっている。僕はいつも、人生の節目には、ちゃんとサヨナラが用意されている、となんとなく信じているのだけど、それもその、お膳立ての一つだったのかもしれない、なんて思っている。

僕と妹で、なんとなくこなせていることに、親戚でも他人が入ってくることが酷く億劫に感じるのは、めんどくさがりの家庭に生まれた兄妹故の共通点かもしれない。きっと、叔父さんが逆の立場だったら、盛大に歓待するだろう、とわかっているから、また気持ちが複雑になる。

「めんどくさいな」

僕がそういうと、めんどくさいな、と妹は復唱した。そして互いに頷く。それだけで、なんとなく、今後の計画の骨子が固まった。それもまた、兄妹故の為せる技なのだろう。

クスクスと笑う声が聴こえる。明日菜ちゃんが、顔をうつむけて笑っている。

「可笑しいのか?」

妹が問うと、笑顔を崩さず明日菜ちゃんは応えた。

「いつも、仲がいいですよね」

僕と妹は、顔を見合わせて肩をすくめた。

 

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