そのセッションのために、僕は昔戯れに作ったリフを持ち出して、ラフにアレンジをして叩き台に、とメンバーに配った。それと自らの楽器を携えて、僕らは晩秋のある日曜の昼下がりに、鬼無にあるスタジオに集まった。

彼女は初めてのセッションだから、というのでひどく緊張していた。事前に、軽く僕と二人だけで、練習のためのレッスンの日を設けて、打ち合わせ程度の肩慣らしをしたけれど、実際スタジオで曲が始まると、めまぐるしく五線譜は走っていった。

僕が用意したリフは、変拍子のAパートとサビのBパートに分かれていて、それをひたすら繰り返してゆくのだけど、バッキングからして、僕のカッティングと、リズムを担当する兄弟の間で、細かなノリを撓らせて、畳みかけるように新たなグルーブを紡いでいった。

メロディとソロを、明日菜二号を抱えた彼女と、スタジオ備え付けのエレピを弾く彼で交互に担当する。

元々、キーボードの彼は、繊細な指を持っていて、微妙なニュアンスで表情豊かに唸らせるタイプだった。音数は多くないのに、その隙間がたくさんの情景を想像させて、聴いていて飽きることがない。久しぶりに流れ出てくる音を聴いていると、かつてのあの時が蘇る気がした。それに加えて、重みというか、小手先だけではない深みのような物が滲んでいて、僕はそのありふれた音色にも、胸をうち振るわせた。

それに限らず、縦横無尽に飛び跳ね始めたスタジオの音の洪水に、彼女はすっかり翻弄され、そして打ちひしがれ、ついには強烈な、トラウマに近い強い印象を刻んで、二時間の初セッションは終わった。

 

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