その涙を見て、僕は先生失格だな、と思った。指の怪我と同様に、彼女に対する誠意の方でも何かリカバリーを考えないといけない、と覚悟した。

自分一人なら、ギターが弾けなくても、生活も、趣味も不自由はしなかった。パソコンには、レコーディング・ソフトをはじめ、健全なものから不健全なものまで、なんでも詰まっていた。ギターを弾けなくても、曲は作ることが出来るし、それはわずかな好奇心を掻き立てた。

新曲を心待ちにしているのは、音楽上の一番のパートナーである、一号と呼ばれている男なのだけど、彼は僕が怪我のことを話すと、大変だね、と何ともあっけなく言い終えて終わった。それで、しばらく路上もお休み?と尋ねてきた。

呼び込み、として僕らを雇っているスナックのマスターには断りに行かないと、と言うことで、すぐの金曜日にスナックに顔を出したのだけど、マスターもまた、仕方がないね、とほんの少しだけ残念そうな顔をしただけで終わった。後は労災とか、仕事上の不都合とか、ひどく生々しい話をしただけだった。

帰り際、一応、見舞いと銘打っていくらか包んで渡してくれた。普段、路上で唄っていてもギャラはもらっていないのだけど、一応の心遣いに僕は恐縮した。

その帰り道、一号の住んでいる宇多津のアパートに寄った。そこには、一緒に住んでいるユキちゃんがいる。ユキちゃんは、大げさに太巻きに巻いた包帯を見て、これもまた泣きそうな顔をした。どうも、僕の周りの女性陣は、みんなその怪我を大層なものにしているようだ。

実際それは大怪我なのだろうけれど、僕はそのことよりも、突然降って湧いたような、長い休みに少しだけ昂揚していて、どちらかというと怪我も悪くないな、という気がしていた。痛みの不愉快さや、生活に纏わる不都合や、傷跡がずっと僕の人生につきまとうことは感じていても、今、という時間の中では、まだ先の懸念で済ませることが出来ていた。

だから余計に、周囲の女性達の反応が、どうもどこかずれているように感じていた。

 

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