「今回めくれたのは、その二人が当事者だって事から始まってる」

トモアキは時々、特殊な言い回しをする。それが、あるところで身につけたものだと、オレは知っている。

「一人が森口で、もう一人は誰だ?」

一度トモアキはこちらを見下ろした。そして膝に肘を置いて、頬杖を突く。そのまましばらくオレを見て、やがてニヤリ、と笑う。イヤな笑い方だ。

そして俺を誘うように時間をかけて、正面を見た。正面にはテレビモニターがあった。

まだそこには、女のあられもない姿が次々と浮かんでは消え、浮かんでは消え、していた。

その主人公は、かつてのトモアキの恋人。十年前に別れた彼女。音楽サークルから始まったトラブルが原因で別れることになった女。

そしてトモアキの事件の被害者、祐海子だった。

最終局面で、トモアキは祐海子に別れを告げられた。その腹いせに、トモアキは今テレビ画面に映っている画像をネットに上げた。当時流行っていたファイル共有ソフトから、アダルト関係の画像掲示板、果てはアダルトには無縁の所にわざわざブログを開いて、そこに祐海子の裸の写真を貼り付けた。

その頃はそんな言葉、まだメジャーではなかったが、いわゆるリベンジポルノ、というヤツだ。

祐海子は警察に訴え、まだ法律はハッキリしていなかったが、名誉毀損という罪名でトモアキは囚われの身となった。そして約一年、幽閉されて帰ってきた。

その判決の中で、裁判官には、二度と祐海子には近づかぬように、と釘を刺された。

同時に、トモアキの手元から、祐海子に関するものはすべて削除、或いは取り上げられたはずだ。パソコンもハードディスクごと持って行かれてしまった。

「ところで、おまえ、この画像、どうやって手に入れたんだ?動画もあるのか?」

すべて、警察の手によってトモアキの手元からは消えて無くなったはずだ。

「デジカメの中に残ってあったんだよ。警察が押収したデジカメに、そのまま残ってた。動画は、最近、ネットに転がっているのを見つけた。オレがそこに上げていたのをすっかり忘れててさ、今になって偶然辿り着いたってヤツ」

それが本当かどうかは分からないが、少なくともオレよりはトモアキの方がずっとパソコンには習熟している。ネットを泳ぐ術も、草創期から手にしているだけあって、それなりのスキルがあるのだろう。

「でも多分さ、きっと今回オレが知った真実を裏付けるこういう画像とか、ほら記念写真とか、本当はあるはずなんだよ。そういうものでも見れば、オレも納得するかもしれないのにね。誰に聞いても、要領を得ないというか、たぶんオレには教えたくないんだよ」

ある程度、トモアキの話に納得しながら、オレはそれでも気になる。

「何を教えたくないんだ?その真実ってなんだよ」

トモアキは、もう一度、例の紙を見やる。頬杖ついた手を離して、もう一度、森口の訃報の部分を指さす。

「祐海子、そこにいたらしいんだよね」

「そこって、森口が亡くなった時、ってコトか?ヤツはなんで亡くなったんだ?交通事故か?」

似てる、とトモアキは言って、急にクスクス笑い出した。やがてそれは乾いた、笑い声に代わる。

「事故って言えば、事故。死因は脳溢血だけどね」

オレはピンと来た。

「まさか・・・」

「そう、腹上死、祐海子の腹の上で死んだってさ」

なるほど、トモアキの思い煩いの原因が今ハッキリとつかめた気がした。

「それって本当なのか?」

「オレの訊いた限りではね。でも、確かめようがないじゃない。本人には訊けないし、葬式にも呼ばれてないし、まさか森口の嫁さん引っ張り出してきて聞くわけにも行かないじゃない」

本当は聞きたいけど、とトモアキは嘯く。

森口はトモアキと再会した時に、すでに家族を持っていた。ちょうどその時最初の子が妻のお腹にいた。トモアキはその子のために、一曲曲を作ってプレゼントした。

「にわかには信じられないな」

「オレもね。でもね、状況証拠がそう言ってるんだよね」

状況証拠?と口を突いて出たオレの言葉に、トモアキは再びクスクス笑う。

「最初はね、その森口が亡くなったって話からなんだよ。オレそのこと知らなくてさ」

十年前の事件以来、森口はトモアキとの交流を絶った。その時の音楽サークルのごく少数の者以外、ほとんど縁が切れていた。トモアキが言うには、森口が絶縁のメールを寄越してきたらしい。それにサークルの仲間はほとんど付き従った。

「いいんだよ、それで。向こうには家族もあるしね、犯罪者とは付き合えないよ。子供達には教育上悪影響を及ぼすからね」

本気か強がりか、トモアキは当時そう言って、自分のその境遇を受け入れた。

その後、酔ったトモアキは、こんな風に言ったこともある。

「あの時、誰かが悪者にならなきゃ、トラブルは収まらなかったんだよ。いや、何食わぬ顔で出来たかもしれない。でもね、わだかまりっていうのかな、オレには分かるんだよ、一度躓いたら二度と元には戻れないんだよ。オレはそのことを良く知っているからさ、祐海子だって、またいつか逢いましょう、みたいなことを言うのがね、この期に及んでまだそんな夢みたいな嘘言うのか、って信じられなくて。それで彼女には悪いけど、オレが悪者の役を引き受けたんだよ。オレはそのつもりで、だから、祐海子も他のみんなも、俺を恨めば好いじゃない?あの時のトラブルのきっかけは、森口がオレのブログにケチつけたって些細なことだったけど、結局森口がすねちゃって、それでこじれてきたんだよ。でもそれも含めて、オレが引き受けたんだよ。それで良かったんだよ、オレってそういう役回りだから」

いつも言い出しっぺはオレで、利を得るのは他の者、とトモアキは愚痴っていた。それは愚痴ではあったけれど、自分の本分を弁えた物言いでもあった。常に率先して道を切り開き、皆が集まる場を提供する。その場の中で、ある者が輝きを放つ。注目されるのはその輝きだが、そこに立って光を受けるための舞台がなければそもそも、その輝きはなかった物なのだ。

トモアキが悪役を引き受けた、というのは多少の誇張はあるだろうけれど、そういう性格であることは、オレも良く知っていた。自己犠牲、という大袈裟なものではないが、そんな場面をオレは何度か目撃している。例えば職場の不祥事を一人で背負い込んだ、とか、後輩をかばった、とか。トモアキが退職する理由は、だいたいがその類いのものだ。

その身を受け入れることで、この十年は、ひとまず穏やかに、犯罪に触れるでもなく、オレの目からすれば、トモアキらしく笑って過ごしていたはずだ。

それは一方で、かつての親友との連絡も途絶えて、別の道を歩んだ十年でもある。トモアキの側に居る俺は、さほど変わった風には見えなかったけれど、一方のつながりが消えたことは間違いがない。

それで、森口の訃報も、トモアキには伝えられなかったのだろう。

「この間、本当に久しぶりに昔のサークルの友達に逢ったんだけど、そいつがね、森口さん亡くなったって知ってます?って。それでオレは森口が死んだことを知るんだよ」

トモアキはワインを注ぎながら、話を続ける。ペースが幾分速いのを、オレは心配する。

「もう六年前になるって。そいつは葬式に出てないんだけど、出たヤツが珍しい人物を目撃した、って言うんだ。誰?って聞いたら、祐海子だって言うんだ。オレはさ、なんとなくイヤな予感がして、ちょっと詳しく教えてくれないか、って頼んだんだ。まぁ、そいつも又聞きだったからさ、その葬式に出たヤツと連絡とってもらったんだけど、俺には直接逢いたくないって言うんだぜ、そうなると余計に何か隠しているようで、気になるじゃん」

結局、その出席者とはメールで遣り取りすることになったらしい。

「死んだって聞くとさ、普通いつ、どこで、何が原因か、って聞くじゃない?日付はさ、すぐに教えてくれたんだけど、なかなか死因を言わないんだよね。何度かメールを遣り取りしても、残念だった、とかピント外れのことばっかりで。でちょっとオレも頭にきちゃって、祐海子が居たことは分かってるんだぞ、ってちょっとメールで脅してみたんだよ」

ハハハ、とまたトモアキは乾いた笑い声を発てた。トモアキのその笑い声は、この狭いリビングでよく響く。

「そしたら、知ってましたか、って、そして脳溢血で、腹上死だ、って。トモアキさんの彼女が相手だったって。やっと詳しく、長文メールを寄越してきたんだよ」

それによると、森口は当時、単身赴任でこの町を離れていた。すでにこの街にマイホームを建てていたので、転勤の辞令に選択肢は単身赴任しかなかった。

しかし、森口の懸念はマイホームでも家族でもなく、祐海子のことだった。祐海子とは当然、トモアキの彼女として知りあった。そして当時から関係があった、というのだ。

「単身赴任したまま、週末には高速で二時間半車を飛ばして、毎週祐海子に逢いに帰ってきてたらしいんだ。そんなことしてりゃ、そりゃ血管も逝くよな」

「そうだったとしても、その彼女、よく葬式に出られたな。奥さんがよく許したよ」

オレも一度、森口の嫁さんには会ったことがある。勝ち気が前面に出るわけではないが、硬い芯を持った女性だったという印象だ。森口の方が尻に敷かれている、と思ったこともある。

「当時は離婚調停中だったらしい。祐海子と再婚するつもりだったかどうかは分からないけど、とにかくもう森口は祐海子に夢中だったって事だ」

フッと、初めてトモアキは俯いた。そして小さなため息を吐いた。

しばらくしてからトモアキは顔を上げてテレビのモニターに視線を定めた。そのままじっと、見つめる。

モニター上には、祐海子の裸体が、形を変え、向きを変え、様々に写し出される。時々、その表情に笑顔が浮かんでいる。それは紛れもなく、トモアキに向けられたものだ。その記憶を懐かしんでいるのだとしたら、トモアキの行為は虚しすぎる。

「いい加減にテレビ、消さないか」

トモアキは我に返ったように、オレを見た。分かったよ、と小さくつぶやいて、手元のリモコンを操作する。すぐに落語の調子の良い口調が流れ出す。演芸番組に付き物の客席の笑い声が部屋に流れ込んでくる。トモアキは勢いをつけるようにリモコンを振って電源を消した。

「良かったじゃないか、好きな女の腹の上で死ねたんだからな、って俺は思ったよ」

確かに、腹上死は男の本懐、という価値観もある。オレはそれに賛同は出来ないが、分からないでは無い。その辺の不整合を、なんとかまともにしようとした矢先だったのだ、タイミングが悪かった、としか言いようがないのではないか。

「おまえ、そこで死んだのが自分じゃなかったことを嘆いているのか?」

すると、トモアキはハッキリと首を横に振った。

「話にはまだ続きがあるんだよ」

オレはハッとした、トモアキが思い煩っているのは最近の話が原因では無い。十年前のことで、落ち込んでいるのだった。オレのみぞおち辺りに、イヤな汗が浮く。

「やっぱり当然、その付き合いってさ、どっから始まってんのか気になるだろう?今度はオレは、それを調べ始めたんだ」

ちょっと待て、とオレはトモアキを制する。何か、核心部分に触れた時の、トモアキの反応が分からない。その時のための、オレに覚悟が必要だ。

俺は慎重に言葉を選ぶ。

「おまえ、何か疑ってるのか?」

「疑っているのは、今に始まったわけじゃないよ。別れ話を切り出された時、最初にそのことを問いただしたよ。おまえ、森口と付き合ってんじゃないか、って。それが原因で俺と別れようって言ってんじゃないか、って」

「答は?」

「頑なに否定されたよ。それは絶対にない、って」

「でも、おまえ信じてなかったんだろう」

トモアキは頷いた。

「それには何か、根拠があるのか?」

再び、トモアキは頷く。

「俺が捕まった年の前の年の忘年会だったよ。俺たち酒飲んじゃうからさ、下戸の森口に運転手を頼んだんだ」

森口は体質的に酒が一滴も飲めない。だから、仲間内の集まりではドライバーを買って出ることが多かったのだそうだ。

「確か最初にオレが降ろされて、その時には気がついていたんだけど、ああ、最後は祐海子と森口が二人きりになるな、って。ルートを辿るとね、それが最も効率の良い回り方だったからね」

「だったらなんで止めなかったんだ。疑ってたんだろう」

「いや、疑ってないよ、っていうか信用してたよ。先ずは森口がそんな事するはずがない、まさか友達の彼女に手を出すはずがないってね。それに祐海子も、その日は生理だって、いくらそんな事になっても無理よ、っていってたんだ。それにもう一つ、当時森口が付き合っていた女の子がサークルの中にいて、その子が二人きりになる直前までいたんだ」

トモアキはその時、淡い希望として、ルート的にはその女の子を下ろしてから祐海子を送るのだが、それを祐海子を先に下ろして、女の子が最後、というルートをとって欲しい、と思っていたという。

「結局、祐海子と森口は最終的に二人きりになった。それは本人たちも認めてるよ。でも、オレには何もなかったって、ちょっと話が盛り上がって遠回りはしたけど、って意味深だろ。でも何もなかったって」

しかし、その懸念は、実際は正鵠を射ていたことになる。今になって入ってきた話によると、二人での連絡自体は、トモアキが森口に祐海子を紹介した直後くらいから続き、本格的に意思を確認したのが、その時だったらしい。

「でも、嘘は吐いていないんだ。その時は、お互い気にし合っている、って確認しただけなんだ。どこから浮気かって、色々線引きはあるけど、セックスがその境界線なら、その時はまだセーフ。実際は次の年、オレと初詣行った直後から始まったんだよ」

オレはなんとも言い返せなかった。

その当時のトモアキを思い返すと、ヤツが生きてきて一番働いているんじゃないか、って程熱心に働いていた。当時、トモアキと顔を合わす度、身体を心配した。平日は九時、十時までの残業がデフォルトで、土曜日も休みなし、更に日曜日も半日は出社していた。そこから祐海子とのデートに駆けつける。

実際何度か、怪我をしたり、病を患って通院したこともあった。

そこまでして過酷な仕事に耐えたのは、祐海子の存在が大きかったはずだ。彼女がその頑張りを引き立てた、トモアキにとってのモチベーションだったはずだ。

それが結果、祐海子に時間を与え、それが隙となり、トモアキを裏切ることになるとは、皮肉なことだ。

今更だが、さっさと結婚してしまえば良かったのに。

「仕方がないよ、オレはその隙間をある程度認めていたんだよ、別に相手が森口でもいいんだ。誰だってそういう時もあるよ。満たされない心をね、他の誰かで埋めたくなる時って、仕方がないよ。だから、オレは正直に言ってくれって、せめて最後の時ぐらいね、認めてくれたらまた違ってただろうに」

その時は、祐海子と森口を悪者に出来る。結果、トモアキが事件を引き起こしたとしても、理由の半分を二人に着せることは可能だ。それは結論になんの変化ももたらさないだろうけれど、少なくとも、トモアキの気分を幾らか軽くしたはずだ。

一人で背負い込まなくても、良かったはずだ。

「でも、おまえはずっと疑ったままだっただろ?」

トモアキは少し躊躇して、それからゆっくり頷いた。

「疑ってた。そう思いたがっていたのかもしれない」

「だったら、それが結局本当だったんだろ?おまえの予想は当たっていたんだ。良かったじゃないか。悪いのは森口と祐海子だろう。あいつらが嘘を吐いて、おまえを騙して、まんまと自分たちだけの付き合いは全うしたんだ。それも森口は不倫じゃないか、最後は離婚寸前だったと言ったって、おまえと別れた当時は、親友の恋人を寝取った上に不倫だぜ、二重に悪さしているじゃないか」

オレは言い終えて、だがそれが、トモアキの胸を抉ってしまったのではないか、と後悔した。そんなことぐらい、トモアキは百も承知だろう。当事者では無い者は、なんとでも言える。オレはすぐに反省したが、覆い被せる言葉がすぐには見つからなかった。

「そう考えるとね、もしかしたら、俺たちが別れるきっかけになった音楽サークルのトラブルもさ、きっかけは森口の些細な、どうでもいいクレームだったわけで。それも、もしかしたら計画のウチだったのかな、ってね」

計画?とオレは問い返す。

「オレを切ってさ、晴れて森口と祐海子は自他認めるカップルに、ってね。結局、オレが邪魔になったんだろうね」

「それは思い過ごしだろう」

「イヤそうでもないんだ。田中っていたの覚えてる?それと村井」

オレは頷く。両者とも、森口とほぼ同じ頃に知り合った友人で、音楽サークルの仲間だった。ただ、トモアキよりも、森口との付き合いは長い。中学の時のその三人を含めた遊び仲間に、トモアキが加わった格好だ。

「たぶん、二人は気付いていた、早い内に。森口に告白されたのかもしれない。少なくとも、トラブル処理に動いていた頃は、そう見せかけて掻き回してたんじゃないかってね、今になって思うよ」

村井は分からないが、田中はその頃、営業所の所属が変わり、祐海子や森口の職場が近くになった。それで三人で飲みに行った。そのことはトモアキは、事後報告で知らされ、友達同士の集まりとして気にもしていなかったらしい。

「その時、田中は気がついたか、告白されたか。だって、田中は当時、電車通勤でさ、その後祐海子と森口が二人きりになるって、目の前で。さっきのあの女の子と同じ状況さ。事実かどうかは別にして、疑うよな、普通。それに、冗談で、帰りオオカミになるなよ、なんて」

ハハッ、と三度、トモアキは乾ききった笑いを突き飛ばす。

「考えようによってはさ、田中だってそこで一緒になったかもしれない」

男なら夢の、とトモアキは言いかけて口をつぐんだ。その先の台詞は、時々トモアキが口にする下ネタだ。

「それは考えすぎだろう」

「いや、そうでもないよ」

トモアキは改まる。もう一度、さっきの紙を示す。ちょうど、トモアキが事件を起こして捕まった直後に、幾つかの項目が並んでいた。そこは期日は曖昧で、?マークが所々に付いていたが、やけに詳細に、様々なことが描き込まれていた。

「俺が捕まってから、しょっちゅう四人で集まっているんだよ。それをね、目撃しているのが、例の忘年会の時に直前までいた女の子なんだ。彼女、まだ森口に未練って言うか、彼女も祐海子のこと疑っていたみたいだけど、森口に逢いたいから集まりがあったら顔を出してたんだ。そこに、必ず、祐海子が居るんだよ。森口と祐海子が居るんだよ」

「偶然だろ?」

「でも、兄さん考えてみろよ。オレと祐海子があんな事で別れて、本来なら関係は切れるはずだろ?祐海子はオレの恋人で、森口や他の二人は、オレの友達だよ。俺が居なくなった時点で、二つの接点は無くなるはずだろ?」

「友人同士、ということもないわけじゃない」

「兄さん、オレが何したか覚えてる?あんなコトされて、ただの友人でも男に会いたいと思う?それが別の恋人でも、不信を抱くのが普通だろ?」

「そりゃ、そうだな。神経が図太いというか、事情知ってりゃ、彼女の行動は不可解に見えるだろうな」

「じゃあ何が四人を結びつけていたか、っていったら、軽く言って友情、更に突っ込めば、深い愛情、恋愛、身体の関係か・・・」

待てよ、とオレはトモアキを押しとどめる。トモアキはいつしか饒舌になっている。ワインに酔ったせいだけではあるまい。感情が高ぶってきているのだ。

「その当時の彼女が自暴自棄になっていただけなんじゃないか。そりゃ、おまえが想像していたことは、あったかもしれないけれど、ほんの気の迷いだよ」

だから、と念を押すように、今度はトモアキがオレを制した。

「その中心に祐海子と森口がいたって事だよ。オレは森口が、どんな風に女と遊んできたか、幾らかは知っているんだぜ。今度は祐海子をオモチャに、四人で楽しんでいたって不思議じゃないよ。だって不倫相手、遊び道具だよ」

トモアキは一気にワインをあおる。続けて注ぐが、勢いで溢れて零れる。

「祐海子もね、あんな酷いことがあって、今度は男が三人も寄って集ってチヤホヤしてくれるんだから、そりゃ、有頂天になるよ。オレは森口のことも良く知っているけど、祐海子のことだって幾らかは知っているんだ。祐海子にはね、自分を卑下するところがあって、そういう立場に今までなったことないからさ、たとえ肉便器でもホイホイってその立場で踊っちゃうんだよ」

オイッ、とオレは大きな声を出す。

「そんな云い方はよせよ。曲がりなりにも一度は愛した女なんだろ」

「愛したから言ってるんだよ。オレはこれでもまっすぐに愛したさ。アイツが居心地の良いように、何でもしたさ。男連中に紹介して、メール交換を奨めたのはオレだぜ。だって友達同士だし、オレにとってはそれは信頼の証しっていうか、どちらに対してもだよ」

トモアキは喉を鳴らしてワインを空けた。

「信頼が全部、全部、裏目に出た。な、兄さん。そんなもんだって、現実はそんなもんだ、っていうのか?なぁ」

「オレはそんな事言ってないだろ。おまえに同情するよ。でも、それはもう、おまえと別れた後じゃないか。たとえ始まったのが平行してても、結局、おまえはそんな酷い女と別れることが出来たんだ、良かったじゃないか」

ふん、とトモアキは鼻で笑う。すっかり酔った目で、テレビ画面を見つめる。不意に、リモコンを手に取り、再びあの画像を流す。

「辞めろ、トモアキ」

「兄さん、オレは男連中にも同情してんだよ。アイツのアレだよ」

トモアキはテレビを指さす。そこには、女性器がアップのまま静止されていた。

「アイツのアソコ、締まりが抜群に良いんだぜ。男たちはそれにやられたのさ。自分たちの嫁さんより絶品のアソコをさ、好き放題出来るんだぜ」

トモアキ、とオレは叫んで立ち上がる。ヤツの胸ぐらを掴んで、グイグイ締める。

それでも、トモアキは辞めない。

「森口だって最後、あんな気持ちの良いアソコに射精して死んだんだ、そりゃ幸せな死に方だっただろうよ」

「辞めろって言うのが判らないのか」

オレはトモアキを大きく揺さぶり、ソファの端に追い詰める。馬乗りになり、更に手に力を込めた。

「祐海子はその間に、一度子供を堕ろしているって話だ。アイツ大学時代にもあるから、もう何度目なんだよ。オレには全然中出しなんかさせてくれなかったのに、森口なら許せ・・・」

オレの拳が、トモアキの右頬にめり込んだ。グリッと言う鈍い音がした。

横を向いたトモアキは、口からつばを吐き出す。真っ赤な血が混じっていた。歯が欠けたか、折れたか、口をモゴモゴした後、白い破片を吐き出した。

オレはしばらく、呆然とその様子を見下ろしていた。

トモアキが、咳き込んだところで、怒りが後悔に変わっていくのが分かった。

一瞬の出来事だった。オレ自身、その刹那の記憶はないが、拳に痛みがめり込んでいる。ジンジンと疼いている。

オレは言葉を探したが、簡単には見つからなかった。

「兄さん」

横を向いたまま、トモアキは力なくそうつぶやいて、やっとオレは我を取り戻した。

「す、すまん」

「とにかくどいてくれないか」

オレは後ずさり、トモアキの足元に跪いた。その拍子にテーブルに触れ、空き瓶が音を発てて床に転がる。

「すまん」

「感情的になってんのはどっちだよ」

吐き捨てるように言うトモアキは、まだ口の中の違和感にモゴモゴとしている。

「クソ」

と吐き捨てるように言うと、トモアキはテレビの画面を消した。

そして、手にしていたリモコンを、テレビの画面めがけて投げつけた。

 

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