ふと、さっきまで見ていた夢が、蘇ってきた。

私は、主になにかを説明している。一生懸命、なにかを説明している。主は困惑した顔で、私を見ている。あの殴られる前の、釈然としない表情そのままだ。ああ、そうだ、今まで男の人のあんな情けない顔を見たことがない。

その主に、私はなにかをわかってもらおうと、必死の努力をしている。とにかく言葉で、なにかを伝えようとしている。

だけど、出てくる言葉は、同じ台詞で、それを繰り返すばかりだ。

「私ね、ずっと前に、世界の支配者になったことがあるんだよね」

自分でも、自分が云っている意味がわからない。だけど、頭には明確に、ビジョンが浮かんでいる。

あの屋上で見た、遮る物なく全天に広がった空。それが今、闇に包まれている。私はその空を見上げて、小さく輝く星を数えている。数えていると、少しずつ増えてきた。闇に目が慣れてきたのか、夜が更けたのかはわからないが、星は急速に数を増している。

やがて、沸騰する泡のように次々と、プチプチ小さな音を立てて、星は現れ始めた。隙間を見つけてはプチッ、星と星の間を埋めるようにプチッ、そうやって瞬く間に空全体が星で埋まる。

埋まっても、埋まっても、絶え間なく星は生まれ続けるのだ。

これを「世界の支配者」というらしい。

その現象の名前なのか、それを見ることによって得られる称号なのか、自分でもはっきりとはしないけれど、私は確信を持ってその光景を見た自分を、世界の支配者になった、と認識していた。

そのことを私は主に伝えようとする。だけど、同じ台詞を繰り返すばかりで、主は困惑の表情を浮かべたままだ。どこか、哀れな者を見ているようにも見える。

でも、私はとにかく、伝えようとする。

それだけの夢だった。

目を覚ますほどの怖い夢でもなく、ただ、きっと明日には忘れてしまう類の、通りすがりの夢だ。

それなのに、私の中に伝えようとする、その意志、一生懸命さ、みたいなモノだけが、ぼんやりと輪郭を曖昧にしたまま、浮かんでいる。夢は忘れても、その感情、みたいなモノだけは、消えそうになかった。

なぜとか、だからとか、そういうリンクの仕方をなにも持たず、夢というきっかけ、結論としての感情。複雑で、曖昧な、でもしっかりと心に刻み込まれたモノ。時空を越えたなにかが、私の中に確実に住み着いた感覚がした。

こういうことが形を変えると、霊が取り憑いたとか、そういうことになるのかな、と考えて、私は自分を笑った。

 

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