約二日ぶりに、部屋の外へ出た。それからエレベーターに乗せられた。載る前に、私をじっと見て、お前を信用しているから連れて行くんだぞ、と念を押すように云った。私は行き先もわからず、反射的に頷いた。

エレベーターは下に行くかと思ったら、そのまま上に上がった。最上階まで着くと、出てすぐ左に階段があった。階段の入り口には鉄柵が誂えてあって、鎖が巻かれ南京錠で止められていた。

それを主は解いて、柵を押し開けると、階段を上り始めた。踊り場が一つあって、そこを折り返すとまた灰色の所々サビの浮いた鉄の扉があった。そのドアノブの鍵を、また別の鍵で主は解き放つ。

出るとそこは、マンションの屋上だった。金網が巡らされた、がらんとしたコンクリートむき出しのただの屋上。排水溝の穴が見える以外は、灰白色の床がドロンと広がっているだけで、本当になにもない。

一番最初に、私は空を見上げた。、なんだか久しぶりに見る景色だと思った。こんなに空が広いとは、思わなかった。東京に初めて来て、見上げた青空よりも、今はその広さに感動している。

ただ残念なことに、空は一面、雨雲に覆われていた。

伸びをしながら、周囲の風景を見晴らした。それほど高くないマンションだと思っていたけれど、金網の向こうに見える周囲の景色には屋根しかなかった。部屋から見えたビルの屋上も、ずいぶん下にあった。後はとにかくズラッと屋根が並んでいた。屋根、電信柱、屋根、電信柱、の波がずっと続いている。その向こうにやっと背の高いビルが見えたけれど、どれも変わった形をしていて、ずいぶんと街に不釣り合いだった。

向こうの山は、部屋から見た時とさほど景観は変わらなかったけれど、今は雲がたれ込めていて、薄暗く見えた。雲は絶えず動き、スピードを付けて走っていた。

「雨が降るな」

目を細めて空を仰ぎながら、主はそう云った。

「あそこに馬の背みたいなこんもり横に長い山が見えるだろ?あそこに強い風が当たると、上昇気流が出来て、すぐに入道雲が出来るんだよ。それで夏はひどい夕立が降るんだ。俺の実家はあの山のすぐそばにあって、小さい頃は良く、雲が流れているのを自分の部屋の窓から見ていたんだ。雲が稜線を越えようとして次々と現れては消えて、雷が鳴って突風が吹いて、ヒョウが屋根をバタバタいわせて」

その山の稜線は、雲に沈んで頂上が見えなかった。ただ、その雲があるのは頂の続きだけで、その麓と地上のラインに薄い隙間がのぞいてた。夕日に焼けた鮮やかな黄色の帯が、地上の屋根に沿ってぐるりと繋がっている。それ以外は灰色。ところどころ、夕焼けの矢が差し込むけれど、すぐに足早な白い雲に溶かされてしまう。

「雨の匂いがするね」

夏の匂い、でもある。アスファルトを冷ます匂いだ。梅雨明けはずっとまだ先だけど、もう夏の匂いが降りてきている。

私はこの空の下で、三日間何をしていたんだろう?

 

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