ふと、気になって私は立ち上がった。窓辺まで歩いて、思い切ってガラス窓を開いた。急に外の喧噪が飛び込んできた。周囲は一見すると閑静な住宅街で、騒がしくさせるような工場も店舗も、車の行き交う道路もなにも見えなかった。ただ、瓦屋根が続いている。なのに、ゴウゴウというような音が一面、満たされている。

だけど、不思議と、それがイヤな感じはしなかった。全くの無音、静寂よりは、ずっと安心できた。

窓から顔だけ出して、下を見下ろす。薄いクリーム色の外壁が、下の花壇につながっていて、そこに薄いピンクの紫陽花が咲いていた。その向こうには、アスファルトの道路が延びていた。通学路、という表示が、その上に大きくペイントされていた。

ここから飛び降りると、あの花壇に落ちるのかな、とその時ぼんやり考えた。

どさっと落ちて、跳ねたらあのアスファルトの上で大の字になっている、そんな姿を想像してみる。全く現実感がなく、それが返って、うっすらとした衝動を呼び起こす。

もし、本当にここから飛び降りたら。

死にはしないだろうけれど、いろんな意味でショッキングだろうな、と思う。でも、それは不本意だな、と思う。

自分がそんなには勝ち気だとは思わないけれど、こういう時にはさめざめと泣いて見せて同情を買う、という姿がなんとなく、自分には似合わない気がする。どちらかというと、主が云っていたように、警察に訴えるとか、出版社に殴り込みに行くとか、そういう方がずっと自分らしい気がした。

だからよけいに、きっと飛び降りたら注目は浴びるだろう。その時に、飛び降りる勇気よりも、ずっと大きな命題を突きつけられているような気がした。

それにしても、と思う。

主は今、私がこうして窓を開けて、下を覗いているのを見たら、腰を抜かすだろう。主、あなたが気にしている相手は、今ここで自殺を考えていますよ、と云いたくなって、不意に笑顔が漏れた。自分でも、よくわからないまま、私はその笑みを素直に受け入れた。

私は窓を閉めた。

 

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