結局、本は書棚から適当に選んだ。選んだというより、指先に触れた本を適当に三冊ほど本棚から引き抜いた、という感じだった。どれも薄い文庫本で、表紙を並べても、作家も題名も知らなかった。そういえば、文庫本を読むのなんて、いつぐらいぶりだろう?漫画なら、しょっちゅう読んでいるのに、文字だけを読むのは本当に久しぶりのような気がした。

最初リビングの、もう指定席になったソファで寝そべって読んでいた。一冊はそこで読み終わった。ファミレスで女の人に手痛い仕打ちを受ける本で、それほどおもしろくはなかった。簡単で、薄っぺらで、すぐに読めてしまった。

主はその間、隣のソファに横になって、いつの間にかいびきをかいて寝ていた。私は二冊目を持って、そっとリビングを離れた。

私のために、と宛われた部屋のドアを開ける。シンとしていて、モノがあってもがらんとしていて、でも窓が大きくて、曇り空でも明るかった。

物はあっても肝心な物がない。それは時計だ。仕事のせいか、いつも時間を気にしている。なのに、ここには時計がなかった。

低いテーブルがあって、その周りに真新しいクッションが並べられていた。めくると値札が付いていそうなほど、パリッとしたままぎごちなくそこにあって、丸一日はほおっておかれたのに、どこか緊張している気がした。

それを枕にして、私は二冊目を読み始めた。

目次を読み始めた所で、ドアをノックするのが聞こえた。ハイ、とだけ応えると、奥さんの声がした。

「ここにいたの、安心した」

それだけ云うために、奥さんはドアを半分開けて、私をのぞき込んだ。それ以上なにも云わないでいると、いいのよ、と独り言のように云ってから、扉を閉じた。しばらくすると、掃除機の音がし始めた。

 

前へ

次へ