話をしながら、CDの一枚を取って、それを傍らにあるオーディオのターンテーブルに載せた。ボリュームを絞っているけれど、暴力的な音が響き始める。ギターが自己主張しすぎて、ボーカルが何を云っているのかよくわからない。

たぶん、普段こういう音を聴いても、顔をしかめるだけだけど、主の話を聞いて、なんとなく、わかるような気がした。

「私は、こういうの聴いてもわからないよ」

素直に云う。わかろうとしても、きっとわからないだろう。それは感覚が、別のモノを求めているからだ。これかもしれないけれど、違うなにかだろうと、直感がそういっている。

「今はともかく、それじゃ」

突然、主は言葉を飲み込んだ。NGワードを云いかけて、慌てて口をつぐんだ感じだ。気を取り直して、あらためてしゃべり出して、私はなるほど、と思う。

「あの、その、あれだ、前に別れた時に泣いた、って云っていたけど、そういう時、どういう音楽を聴いたんだ?」

私はしばらく考え込んだ。これ、というものが思い浮かばない。確かに、音楽に寄り添って、爛れた心を補完した、という記憶はない。音楽に限らず、他のなにかに依存した、というのも思い出せない。ただ泣いて、次の日、陽が登って、仕事に行った。仕事に行くために、涙をぬぐって、何事もなかったようなフリをした。そういう意味でいえば、仕事に寄り添ったか、助けられたのだ。

「例えば、お前が舞台で歌っていた歌が、寄り添ってくれたか?」

それは違うな、と思う。今でも覚えているけれど、あの日、仕事に行っていきなり新曲の楽譜と音源をもらった。レッスン・スタジオで何度もそれを流して、ウォーミングアップしているウチに覚えたのだった。その日一日、その曲の振り付けで終わった。

その曲は、爆発的に売れて、私たちが世間に知られるきっかけになった。私は後ろで踊っているだけだったけれど、歌詞は全部覚えている。

でも、だからいったい何を唄っているのかは、曖昧だ。そういう意味では、あの曲自体の力が、私の悲しみを癒してくれたわけではなかった。

「まぁ、売れているんだから、誰かのためにはなっているんだろうさ。あの曲に、寄り添ってもらって明日を見据える人も、きっといるさ」

「だったら、今は、やっぱりこっちかもしれないね」

私はスピーカーを指さした。暴力的で、何かを破壊したくなる響きを感じる。ああ、今は東京に戻って、何も考えず出版社とか、元カレとか、私をイヤにさせるモノ全部、壊してしまったらそれはそれですっきりするだろうな、という気はしてきた。

でも、だからといって、今の私を満足はさせてくれないだろう。私が感じているのは、もっと茫漠とした、砂漠の果てが陽炎で揺らめいているような、ぼんやりとした不安を掻き立てる哀しみなのだ。破壊しようにも、輪郭もはっきりしないし、敵の存在もわからない。

だから、誰かを傷つけるとか、さっき主が云ったように訴えるとか、そういうことに実感が湧かないのだ。

きっと、首謀者は、自分、のような気がする。

でもそれが一番、ヘヴィなことだと思う。

「だけど、お前は結構しっかりしているんだな」

なにそれ?と私が口を尖らせると、いやそういう意味じゃないんだ、と適当なことを云った。

「こういうことが起きると、普通は挫折を感じて、ひどい時には拗ねて、性格ねじ曲がって悪態着いて、呈のいい廃人になってもおかしくないんだぜ。出会ったばかりのあいつは、そんな感じだったからな」

それに較べて、と主は私を見た。

「お前に限らないけれど、今時の若いヤツって、ほんと、しっかりしているというか、抑制が利いているよな」

俺には真似できないな、と主は肩をすくめた。その時、玄関の方でガチャガチャと鍵の音がした。やばい、といって、主は慌ててオーディオのスイッチを切った。

 

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