「おまえ、強がっているだろ?」

どういうこと?と関心ないように言葉だけ返したが、妙に耳に引っかかった。

「全然泣かないしな」

「泣いて欲しい?」

「バカ云うな。でも、せっかくこんな所まで逃げてきたんだから、少しは感情を出すというか、収まりを付けるとか、俺たちはなんにも出来ないけど、そういう時間を作るために、おまえを連れてきたつもりなんだけどな」

私はフッと、ため息を吐いてみた。それを主はじっと見ている。憎めない視線だな、と思う。なにか起きないか、まるで子供みたいに後ろを着いてくる。なんて分かり易いんだろうか、と思う。

「泣くのは、ずっと前に終わったから」

そういって私は一つ、頷く。自分の言葉を、ちゃんと確かめてから、話す。

「彼と別れた時、初めての大きな失恋だったから、誰もいない所で一杯泣いた。彼にしか云えなかったから、彼に一杯メールして、ちょっと錯乱して、でもどうしようもなくて。だからもう、泣くしかなくて。だから今はもう、泣けないんだ」

もう一度、ため息をつく。それは正直な、私の気持ちだから、素直に伝わって欲しい、と思う。

「それだけ好きだったんだろ?そんなヤツに裏切られて、やっぱり今回も、泣くしかないんじゃないのか?」

私は首を振った。そのことは、終わったことの延長線でしかない。別れた時に、今の事態を予想したわけではないけれど、今日の分まで、あの時もう泣いてしまった。

「それよりは、周りが右往左往しているのが、申し訳ないし、何やっているんだろうか、って思うし。私ごとき、ポイッと捨てても、イイと思わない?」

それは違うぞ、と主は少し、語調を強くした。

「たかが、っていう云い方は、俺はあんまり好きじゃないな。ちゃんとみんな、それはまぁ、商売のためっていうか、そういう感じで見ている所もあるけれど、お前にまだ期待しているんだよ」

それより、といって、主は振り返って一度廊下の方を覗いた。なにかを確認するような、そんな仕草だった。その後に、部屋の中に入ってきて、背中で扉を閉めた。

 

前へ

次へ