食器の片づけは今度は私が引き受けた。他人の部屋の台所に立つ、というのは結構勇気がいる。そこはある意味、女性の聖域みたいな所があって、同性だからその貴重さはわかているつもりだ。きっと、そこに入ることが許されるのは、家族だけなのだろう。

だけど、自分一人、ソファで寝転がっているのも気が引けるし、何かしていないと、退屈で死にそうになる。ここには、キッチンだけでなく、私とは異質のなにか、それは言葉にすれば家族だけにわかる匂い、みたいなモノが充満している。

私が食器を洗っていると、なにか欲しいものある?と出かける用意を済ませた奥さんが訊いてきた。またしても顔が変わっている。完全に余所行きの顔になっている。

地域のバザーの準備とかで、どうしても顔を出さないといけないらしい。本当は着いて出かけて行きたかったが、主ならともかく、奥さんにはわがままの頃合いがまだ計りかねている。だから、雑誌かなにか、漫画みたいなモノ、と頼むと、本ならたくさんあるわよ、と返ってきた。ああ、でも漫画は少ないかしら、と云って少し笑った。

奥さんが出かけていったあと、本棚見せて、と云うとあっちの部屋だよ、と主は指さした。リビングから廊下を通って、右に曲がった奥の部屋。私が一人ですたすた歩いていくと、主は後ろを着いてきた。

木製のクリーム色のドアを開けると、壁一面が書棚の部屋だった。一角だけテーブルが押し込まれていて、そこにデスクトップのパソコンが置かれていた。それ以外にはオフィスチェアが一脚と、スタンドに置かれたギターが無造作に並んでいた。趣味の部屋、というには殺風景で、床にはファッション雑誌とかも転がっているので、二人の憩いの部屋、といった趣だった。

主は私が部屋に入ると、扉の所に立ったまま、私を観察していた。

「ねぇ、ずっと私を監視しているつもりなの?」

「そう頼まれてる」

即答したのに、私は肩をすくめて応えた。

「逃げ出すとか、そういうこと?それとも、自殺とか、思ってる?」

そういうわけじゃ、と云いかけて、主は首を振った。一呼吸置いて、言葉を吐き出す。

「そうだよ。おまえがなにかしでかしやしないか、心配なんだ」

信用無いね、といいながら、私は書棚の一段の縁を指でなぞった。題名を見ても、なんの本だか予想もつかないような、漢字が並んでいる。

「そういうワケじゃないけど」

そういうと、主は部屋に入ってきた。そういえば、この部屋には窓がないな、と気がつく。だから本を押し込んだのかな、と思う。

 

前へ

次へ